プロローグ ラノベ作家A

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プロローグ ラノベ作家A

 ダンジョン深く道を進める一行。数多の強敵を退けてはきたが、体力、魔力とともに尽きかけている。だが、運命は残酷だ。満身創痍の彼らの前に、最後の敵、深紅の竜が待ち構えていた。  自分らの十倍はあろうかの巨体に割けた口からは息をするごとに青い炎が漏れている。 『よし、ここは俺が仕留めてやる。おまえらはさっさと奥へ行けっ』 『で、でもアライジャ……』 『俺を信じろっ!』  炎を吐くドラゴンを前に、アライジャは全く怯まない。両の足を大地にしっかりと据え、黄金の大剣を真っすぐに構えた。 『行けええっ!』  アライジャが大剣振りかぶった瞬間、僕の指がキーボードの上で固まった。  ――――駄目だ……。なんだかこの主人公、全然カッコよくない……。  椅子の背もたれにどっさりと身を委ね、大きなため息を吐いた。 「どうしたんですか、先生。まさかまた書けないとか仰るんじゃ」 「え? あ、いえ、その……」  零下10度くらいの冷たい言葉に、僕は慌てて椅子に座り直し、恐る恐る後ろを振り向いた。そこには仁王立ちしてる僕の担当さん、小泉京香さんが予想通りの表情で僕を見ている。  ショートカットで細身、小柄の美人さんだけど、迫力はドラゴンよりあるよっ。 「どうも……乗らなくて……すみません」  僕の仕事部屋に自由に出入りする唯一の人。構文社の小泉さんは、僕がラノベ作家、『鮎川零』としてデビュー以来の担当さんだ。この方のおかげで何とか作家活動を続けられていると言っても過言ではない。ので、全く頭が上がらない。 「ふうん。いいじゃないですか。私は好きですよ、アライジャ」 「そうでしょうか……」 「黒髪のロンゲで王者の風格。頼りない主人公が成長する物語が多いなかで、鮎川先生の大人な戦士はファンも多いんです。自信もってください」 「はあ……ありがとうございます」  そう励まされても、自分が好きになれないんだからなあ。デビューから数えて5作目。今回はシリーズ化を目指しているから、魅力的な主人公が絶対不可欠なんだ。  弱っちいのから成長するのも王道だし嫌いじゃない。けど、僕の作品の主人公は、大抵が成人した大人だ。  ――――これは僕の……嗜好に大いに関係しているんだけど……。  僕の主人公は、つまり僕の好きなタイプなんだ。だったらいつも同じになっちゃうんじゃないかって? いやあ、それは心配ない。自慢じゃないけど、僕は気が多いんだ。すぐ好きになっちゃう。  だから、今までの主人公も、がちムチ系、インテリ系、癒し系と様々。その点では小泉女史にも褒められてる。 「なにニヤニヤしてるんです? 良いアイディアでも浮かびました?」 「はっ! あ、えっと。そうだ。今度、編集長が勧めてくれたジムに行こうと思ってるんです」  小泉さんに睨まれて、僕は咄嗟に別の話に擦り替えた。彼女は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに諦めたように息を吐いた。 「ああ、あの高級ジムですか。まあそこに行けば、アライジャみたいなカッコいい殿方がいるかもしれませんものね」 「は、はい。そうなんですよ。それも少し期待してて……」 「鮎川先生っ!」  我が意を得たりとばかりに身を乗り出すと、それを制するように小泉さんが僕の目の前に人差し指を突き立てた。 「いいですか。先生のその心意気や立派と言いたいとこですが、今までのことを考えるとそう軽々しく言えません」 「は……い」 「くれぐれも、色恋沙汰を起こさないよう注意していただかないと! 男女問わずモテるだけでなく、惚れっぽいから困るんです」  もう何も言えない。僕のこの性格(と容姿?)のために、今まで迷惑をかけどうし。彼女に頭が上がらないのはこのためもある。 「ジムには先生のタイプがわんさかいそうで心配ですが、作品の糧になると信じてますからね」 「はい、浮ついたことでなく、健康と仕事のためと割り切ります」  僕はそう宣言する。だけど内心、滅茶苦茶楽しみにしてるのは絶対に秘密だ。
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