44.殿下、それはメイド服では?

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44.殿下、それはメイド服では?

「なるほど、ブリジット様はシルヴェイユ王国のお隣にあるバルバソ王国の王女様なのですね」 「そうだな」 「それで、ロイの婚約者であると」 「……らしいな」 「なんで目を逸らすんですか?」  ふいっと視線をズラすロイの頬をギュッと掴む。  私が一方的に質問して尋問みたいになっていることも癪だし、なんだか逃げ腰なロイの態度にも腹が立っていた。べつに問い詰めてヒステリーを起こしたりしないから、きちんと彼の口から説明してほしい。 「私、怒ったりしません」 「メイ、」 「もともと婚約者が居るって知っていたし、ああいうことがあったけど私たちも良い大人ですから」 「違うんだ、俺は…!」 「ロイさん」  頬に添えていた手をロイの口に当てた。  これ以上何も、彼が弁解しなくて良いように。 「婚約者に会えて良かったですね、おめでとう」 「………っ!」 「さてさて、私もせっかくの異世界なので何か思い出作りでもしようかな。あ、魔法使いがいるんでしたっけ?」 「…その前に、そんな格好でウロつくと捕まるぞ」  私は自分の格好を見下ろす。  一張羅のお嬢様風ワンピースはセールで買ったけど、なかなかに男性ウケが良い。と言ってもマッチングアプリで出会う殿方ぐらいにしか見せる機会は無かったんだけど。  ロイは何か考えるように顎に手を当てて目を閉じると、しばらく黙り込んでしまった。その間に私は窓から外の景色を覗き見てみる。他国の王家が来訪しているためか、庭を挟んで向こうに見える廊下では使用人たちが忙しそうの走り回っていた。 「これは提案なんだが、」  名案を思い付いたのか、背後からロイの声が聞こえた。 「一度使用人として紛れ込んでみないか?」 「使用人……?」 「ああ。メイド服なら予備もあるし、一人増えたところで新人だと言えばまかり通るだろう」 「私、メイドなんてやったことないです」 「大丈夫だ。俺の部屋の掃除担当にしよう」 「ええ……」 「なんでちょっと嫌そうなんだよ」 「私も魔法使いとか、どこかの貴族令嬢っていう設定が良いんですけど、」 「へぇ、メイは魔法が使えるのか?」  ゴネる私を見下ろしてロイは鼻で笑った。  なんで彼はこんなにも偉そうなんだろう。私の家に居る間は「客人としてもてなせ」と威張り散らし、こっちの世界に来たら来たで皇太子風を吹かしてくるのは如何なものか。  こうなったら、もうとことん異世界生活をエンジョイしてやろう。メイドでも掃除婦でも何でもやってやろうじゃないの。めちゃくちゃ口煩い世話係になってやる。 「良いですよ、メイド」 「おお!それでこそメイだ!とりあえずメイド長と父親に伝えておくから、制服を貰ったら俺の部屋に来てくれ」 「なんでですか?」 「今度は俺が街を案内する番だろ?」  そう言ってニッと笑うロイは子供のようで眩しかった。  彼のように純粋に考えられない私は今も頭の隅で小さな不安を育てている。「ブリジット王女が来ているのに!」と常識人の自分が諭す隣で、婚約者よりも優先してくれるのだと浮き足出す自分が居るのも本当で、私は浮かれて飛んで行きそうな理性を慌てて握り直した。
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