46.殿下、それは馬車では?

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46.殿下、それは馬車では?

「で?」 「……で?」  私はドンと椅子の上で脚を組むロイに目を遣る。  私たちは一旦ロイの部屋に戻って緊急作戦会議を開いていた。何を隠そうあの『鬼畜眼鏡の溺愛ラビリンス』の登場人物が何故かシルヴェイユ王国に居るのだ。何故?  正直なところ未だにドキドキしている心臓に手を当てて、私は深呼吸をしてみた。思い出すのは乙女ゲームで辿って行ったイヴァンルートの数々の甘い夜。 (嘘でしょう……別人?)  いやいや、ゲームと同じことが私に起こるわけではないし、他人の空似の可能性もあるし、苗字も名前も同じで顔も同じ人物が存在したとしても異世界であれば有り得る。 「有り得る……の?」 「なにブツブツ言ってんだよ。それでイヴァンがお前のエロゲーの登場人物だったってことは分かったが、」 「エロゲーじゃありません!乙女ゲームです!」 「同じようなもんだろう」  向こうの世界に居たせいで無駄に色々な知識を付けたロイはそう言ってニヤッと笑う。  黙っていればそこそこにイケメンなのにこういう変な顔をするとめちゃくちゃ腹立たしい。自分だってさっきまで王女様の前で押され気味だったくせに。 「そこで、だ。俺が聞きたいのは好きなのかって話だよ」 「好きって?」 「だから……お前はイヴァンを攻略したいのか?」 「え、なんで?」 「だってメイは………」  その先は尻すぼみに声が小さくなって、分からなかった。 「もしかして心配してくれてるの?」 「はぁ…!?」 「私がお一人様を拗らせてイヴァンさんに突撃しないか心配なんでしょう?大丈夫、そこまでバカじゃないから」 「………十分バカだよ」  ポスンと頭に置かれた手は暫く離れなかった。  後ろを向いたままのロイが何を考えているのかは分からない。私は本棚に並んだ分厚い本たちの背表紙を眺めながら、彼がきちんと王子として勉学に励んでいたことに感心していた。  ロイは今夜、王女と一緒に食事を囲むらしい。そこに私が持って来た異世界の酒が登場するのはなんだか笑えるけれど、彼らが楽しく談笑している間に自分が一人外野で待っていることを考えると、やはり寂しく感じた。  だけど、行かないでなんて言えない。  そんなことを言う権利はない。  私はこうなる可能性も想像してここまで来たはずだ。だってロイに婚約者が居ることは知っていたのだから。「もう一度だけ会って話がしたい」という願いは聞き入れられた。その先を望んでしまうのは、強欲の極み。 「メイ、少し外へ行こう」 「……?」 「アビスには俺から伝えるから。馬車を用意して街を散策しないか?そんなに長くは居られないが…」 「馬車…!?行きたい!」  話には聞いたことがあるけれど、あの貴族感溢れる乗り物に実際に乗れるとは。私の興奮は顔に出ていたのか、ロイの青い目が丸くなった。 「お前の世界に比べたら、つまらないかもしれないぞ」 「ううん。そんなことない、見てみたい!」 「電車は走ってないけど良いのか?」 「馬車に乗ってみたいの!」  逞しい馬の尻を想像して私は目を閉じる。  どれぐらいの速さなのだろう。中でティータイムがあったりするのだろうか。窓から優雅に外の景色を眺めつつ、道行く人に手を振ってみたりして……  うっとりとした顔をする私を見てロイは「期待はするなよ」と釘を刺してくる。ロイと行けるならどこだって良いなんてことは勿論言えず、私は歩き出す王子の後ろを追いかけた。
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