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「当たり前じゃないですかっ。わたしもべつに急いでいるわけじゃありません。正当性を主張しているんです。恩着せがましく言わないでください!」  噛みつかんばかりに吐き捨てて、津木野ヒカリは背を向けた。  あれっ、想像したような展開にはならなかったな。てっきりここからラブストーリーが開幕する流れになると思ったのに。うーん……思いのほか気性が荒いらしい。  感謝されるだろうと意気揚々とでしゃばった鼻っ面を折られてしまい、ガックリと落胆しつつ、すごすごとソファまで後退る。  赤いセーターの背中には〈ナンパお断り〉と看板を掲げてあった。  一目惚れはあっけなく、当たることもなく、からからと砕けた。ふん。かまわんさ。これでいいんだ。もともとアプローチなんかできっこなかったのだ。だって俺にはもう、他人と真正面から向き合う気力は1mgだって残っていない。おそらく心療内科に通っている連中の大半がそうだ。疲れ果てている。患者本人の性格や心を病むに至った経緯はべつにしても、通院と服薬というのはそれだけで心身を疲弊させる労働なのだから。  しかし目の前の彼女はまったくなんにもすり減っていないようだった。それとも摩耗したからこそ先手を取って周囲に噛みつくことで防衛しているのだろうか。だとしたら哀れだ。  哀れ?  ――どこが? その見解はきっと間違いだ。だって見てごらんよ。津木野ヒカリはさっきまでの剣幕はどこへやら、人懐こい態度で、薬剤師による処方内容の説明に耳を傾けている。絵本の朗読に聞き入る幼稚園児みたいだ。なんて無垢なのだろう。
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