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「樫井さんもなにかテキストを探しているんですか?」
いや、と答えて探している本のコーナーを指差す。
「仕事とは全く関係のない本を読もうと思ってね。SF。」
仕事のことばかり考えていると頭がパンクしそうになるし、視野も狭くなる。
「SF……。面白いですか?」
「うん、違う世界にトリップしたら脳が休まる感じがして。」
「のうがやすまる……。」
真面目な顔で呟いているけど、まったくピンときてないよね。
「結城さんは小説とか読む?」
「えーと、スマホでネット小説はたまに。ああ、そうですね、ハマるのを見つけると没頭して嫌なこと忘れますね。」
「そうそう、そんな感じ。俺は仕事以外であんまり画面を見たくないから紙の本選ぶけど。」
そう言いながら、SFの本が並んだ文庫本のコーナーへ移動し、背表紙を眺めていく。
「SFかあ。読んでみようかな。」
「えっ、そう?」
「未知のジャンルなので。」
本棚の下の方から一冊取り出し、裏を見るとおおまかなあらすじが書いてある。どうやら結城さんも同じ本を選んだようだ。
二人で本を買い、店を出る時、どうしようか逡巡した。すると、結城さんの方から声をかけられた。
「樫井さん。」
どきっとして彼女を見る。
「あ、あの。久しぶりに食事でもどうです……か……。」
語尾がだんだんと小さくなりながら視線を彷徨わせている。俺は思わず聞いてしまった。
「えっ、作ってくれるの?」
「は? いいえ。」
「……。」
「……。」
時が止まった。恥ずかしい。
二人で同時に笑い出す。俺は嫉妬していた。料理を作ってもらいたいと思った。
「トマトのおでんじゃなければね。」
「ええー、美味しかったじゃないですか。」
後悔はしたくない。周りの目ももう気にしない。
一緒にいたいから。
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