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「俺も同じ頃、女の人の首を絞める夢を見てた。」
くせのある焦茶の髪の毛、鳶色の瞳。
あのイタリアン居酒屋で初めて姿を見た時。
「え、ちょっと待って。」
樫井さんが焦ったように口元を手で覆って聞いてきた。私は思わず息を詰めた。
「ものすごく恥ずかしいんだけど、ごめん確認させて。その夢のシチュエーションってどんなだった?」
私もものすごく恥ずかしい。
「え、そうですね。日を追うごとにだんだんはっきりしてきたんですが……。」
迫り来る黒い影。ぜいぜいと肺を痛くするほど暗闇の中を逃げる私。
黒い影が私に追いついてきて腕を伸ばし、その手を私の首に……。
金曜日の朝の夢では、焦茶の髪の毛と鳶色の瞳が……。
「焦茶のくせ毛……。」
樫井さんは自分の前髪を指先で触れながら項垂れた。
「その髪の毛って。」
「ん、地毛。」
「……。」
「……。」
とりあえずビールで喉を潤す。
「でも顔ははっきり見てないんですよ。だから樫井さんかはわからないです。」
「俺が首を絞めた女性はさらさらの黒い髪の毛と大きな瞳で……。月曜日の朝から金曜日の朝まで見ていた。それで親睦会の夜を最後にぴたりと見なくなった。」
黒い髪……。受付の決まりで髪の色が定められており、確かに私の髪の毛は黒い方だ。
「私も、親睦会の後、見なくなりました。」
ははっと二人で力なく笑う。
「こういうの、不思議体験って言うのかな。」
でも、やっぱりな、という気持ちも大きい。
「あのさ。」
「あっ、はい。」
話しかけられたものの、再び樫井さんは黙り込んだ。そしてしばらくして口を開いた。
「なんかわからないんだけど、夢を見た後に結城さんに会って、繋がった気がして。
それがなにかわからなくて話してみたい、知りたいと思った理由なんだけど。……夢で会いましたよね、なんて恥ずかしくて言えなくて。」
「同じです……。」
死ぬための結婚式。二人抱き合い淵の中に落ちていく。あまりにも恥ずかしくて言えないけど私もあの夢を見た後、樫井さんのことが知りたいと思った。
「あのう、……今度ご飯を作ってもいいですか?」
「え、もちろん、ぜひ。」
*
距離が一歩一歩近づいていく。
樫井さんと一緒にいると空気が軽くて息がしやすいような感覚に陥る。
そばにいたい、一緒に笑いたいと渇望する自分がいるのに少し驚く。
もしかすると私を殺した人かもしれないのに。
*
週末はお互いの家に寄るようになってご飯を食べる。樫井さんは元々器用なのか、私が作っているのを手伝ってくれているうちにスキルがどんどんアップする。レタスを千切るところから始まって、野菜を切るのも上手になってきた。
仕事で疲れているので食べたいものを決めたら黙々と作って黙々と食べる。
会話がなくても焦らない。食後はゆるゆるとした空気の中コーヒーが香る。時々樫井さんが本を何ページぐらい読んだのか少し覗き見したりするけど。
それがとても自然に始まって、そういやお互い告白はしていないな、と思った。
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