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そして未来へ
良平さんの部屋は日当たりがいい。窓を開けると部屋の前は公園で大きな木が枝を伸ばして並んでいる。カーテンを開け放しても外からの視線は気にならない。いい場所に住んでるなあ。
長い残暑を経て、年々短くなる秋が終わりもう冬の気配。外は寒そうだけど、窓から入る日差しはぽかぽかして暖かい。
コーヒーの香りの中、私がソファに座ってスマホをいじっている前で良平さんはラグに座ってパソコンを睨んでいる。
ああ、穏やか。
なんてパーフェクトな日。
世界を終わらせてしまった(かもしれない)けれど、今私は、私たちは幸せだ。
*
「あー、なるほどねぇ。」
私はスマホの画面をスクロールしながら思わず笑う。
「なにがなるほど?」
「夢占い。」
「……夢占い?」
良平さんはパソコンから目を離さず返事をする。仕事ではないようだが、仕事に関する下調べだ。それは『仕事の一環』だと思う。
「殺される夢は『吉夢』なんだって。トラブルが解決して新しい自分になるんだって。当たってるぅ。」
「……殺す夢は?」
「えーとね、ストレスを抱えているって。」
「あー、なるほどね。当たってるかもね。」
「好きな人を殺す夢は、成長の暗示だって。」
「ちょっと意味がわからないけど。
あの夢を見て起きた時、めっちゃしんどかったし。」
たしかに、と頷く。
「じゃあやっぱり、異動してきたばかりでストレスを抱えていたってことかな。」
「だな。」
と言いながらパソコンを叩いている。
ストレスに気づかなさそう。仕方ないなあ、と思わず笑ってしまう。
ではでは、と昼ごはんを作るために立ち上がり、のびーっと体を伸ばす。
今日のお昼は簡単にパングラタン。パンとブロッコリーとレンジでチンした人参、それからウインナーとチーズ。ホワイトソース代わりにポタージュスープの素を使えば簡単。玉ねぎスライスを水にさらしてツナと混ぜてサラダにしよう。
なんとか野菜を食べさせねば。
*
「蓮花、異動願い出したんだって?」
パングラタンのチーズがびよーんと伸びる。
「うん、受付の仕事も好きなんだけど……早いところ色々経験したいと思って。」
「……。」
異動願いを出して、配属はどこになるかわからない。ふと心配になる。
「遠距離になったら……。」
恐る恐る聞いてみると、良平さんは前のめりになって宣言した。
「約束する。約束するよ、離れていても大丈夫だって。」
良平さんがまっすぐ私を見る。あまりの勢いに私は笑ってしまい、その後目が熱くなり冷たいお茶に目を移す。
「うん、私も大丈夫だって約束する。」
良平さんは朗らかに笑いながらブロッコリーを食べた。
***
そして一年後。
天井まで届く、何本もの細い窓から光が降り注ぐ聖堂の中、彼は薄いシルバーグレーのタキシードに身を包み祭壇の前で立っている。黒い衣装ではなく、ハレの日に相応しい装いだ。
その向こうにはシンプルな十字架が掲げられているだけで、大きな女神像も森へと続く扉もない。
良平さんは優しく目を細め、近づいていく私を見ている。
ああ、あの時とは違う。
この一歩一歩は、死に向かうものではなくて共に生きることに続く道だ。
私は彼の横に立つ。この先も、ずっとずっと未来も。
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