【序】追跡

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 柴本光義(しばもと・みつよし)は便利屋だ。有償で頼み事を請け負うことを仕事にしている。その嗅覚の鋭さを買われ、今回のように探偵や調査員のような依頼を引き受けることもあるようだ。    夕食時、彼が仕事で遭遇した面白い話を聞くのが、ルームシェアを始めて以来の楽しみだ。けれども、こうした依頼については、守秘義務もあってか話にすら出そうとしない。同じ家で暮らし始めて数年あまり。彼が何をしているのか気になって仕方なく、それでこうして少々強引な手段に出てしまったのだ。  法律と良識。わたしがやっている行為は、いずれの観点に照らし合わせても逸脱(いつだつ)していることは理解している。だから、実行するかどうか何度も躊躇(ちゅうちょ)した。そうして思い出したのは、かつて柴本が偽の依頼に(だま)されて危うく死にかけた日のこと。そのときは運良く間に合ったけれども、同じような幸運が何度も続くとは限らない。  ある日突然、同居人が帰って来なくなったとしたら。何も知らずただ待ち続ける生活など考えたくもなかった。せめて、何をしているのかを知りたいと思った。もしかしたら、彼が窮地(きゅうち)(おちい)ったとき、何かの形で力になれるかもしれない。  とはいえ今のところ、柳警部が端末の向こうから完璧にフォローしているようなので、わたしは単なる(のぞ)き魔に成り下がってしまった訳だが。 『あれ(・・)がヒトモドキだという根拠は?』 「おっと、小夜ちゃんはおれの嗅覚(はな)を信用してくれないんだ?」  全身に複数()びた(シース)のひとつ、腰のあたりに固定したものに軽く触れながら返す柴本。すん、と鼻を鳴らす音がまた、端末越しに聞こえる。武器らしきものの詳細な形状は不明だが、情報から察するに、どうやら銃火器ではなくナイフのような小型の近接武器らしい。 『そんなこと言ってないよ。ちょっとした疑問を口にしただけさ。こちらから見る限り、現時点では危険は認められない。まだそれ(・・)の使用許可は出せないよ』 「わかってる」 わたしが横で聞いているなどとは気付く様子すらなく、彼らふたりの会話は続く。夜更けの歓楽街を行く人々は、ぶつぶつと独り言のように呟く柴本とその追跡対象のどちらにも興味すら払わず通り過ぎていった。
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