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【破】衝突
ここ何日かの間に、河都市の中心部で行方不明者が立て続けに発生した。市内に設置された監視カメラの記録には、擬態を解いて捕食器官を形成し、哀れな犠牲者を捕食するヒトモドキの姿があった。警察は一連の行方不明の原因はヒトモドキによるものと考え、捜査を進めている。だが、外見を自在に変化させるこれらの生物の追跡は困難を極めた。
ヒトモドキあるいはシェイプシフターと呼ばれる生物について、これまでに明らかになっていることは非常に少ない。現時点で人類が把握している数少ない事柄のひとつが、彼ら――否、これらは細胞レベルで他の生物に擬態する能力を持つことだ。自らの遺伝配列をルーピックキューブを触るような気楽さで組み替えているという説を唱える研究者もいる。そんな生物をどう分類すべきか、専門家の間でも大いに意見が割れているようである。
姿を変える生物の伝承は世界各地に見られる。西洋ではドッペルゲンガー、日本ではムジナという具合に。これらはシェイプシフターと同種か近縁種だろうと考えられているが、確証はない。いずれも死ぬと瞬く間に細胞が結合を失い、ぐずぐすに崩れてしまうことが知られている。酵素の働きで自壊し、風雨に流されるか、そうでなくとも時間をおかずに腐って分解されてしまうため死体が残らないのだ。
生物種としての起源も、生理生態もほとんど分かっていない。いや、生理生態についてはひとつだけ明らかになっていることがある。これらはいずれも強い肉食性を示し、とりわけ、擬態した生物を好んで捕食する点だ。体組織を変化させる行為は非常に多量のエネルギーを消費することが考えられる。そのため、体組織のエネルギーおよび素材を手っ取り早く大量に補充することが必要となるのだろうと推測できた。
なお、ヒトモドキと呼ばれる生物は、人類のなかでも個体数が多く、かつ動作も感覚器官もにぶい部類である人間を獲物に定めることが多いようだ。
ヒトモドキあるいはシェイプシフターと呼ばれる生物が持つ、外見を似せる能力には目を瞠るものがある。一方で、視覚以外で捉える部分、たとえば体から放つ匂いに関しては、見た目ほど精緻に変化させることが出来ないようだ。そこで今回、卓越した嗅覚を持つだけでなく、かつては陸上防衛隊に所属しており、荒事に慣れている柴本に話が回ってきたようだった。
「今日もまた、どこかで食ってきたんだろうな。一段とひでぇ臭いがしやがる」
『ふむ。ならば尚のこと、一刻も早く対処せねばなるまいね』
食事を済ませてから時間の経っていないヒトモドキは、特有の臭気を体から立ちのぼらせる。柴本だけではない。この怪物を追ったことのある獣人たちはいずれも、そのように証言している。人間である柳警部にとって、その感覚は理解できないものであることは確かだった。けれども、他に頼れるものがない状況とあっては信じるしかない。
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