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「気にくわねぇが、人を食うのを止めるって約束出来るんなら命は助けてやってもいいぜ。どうだ?」
「餓死しろと言うのか。お前達だって他生物の肉を食わねば生きられぬというのに。身勝手な話だ」
「身勝手はお互い様だろ? 食われたがった連中なんざ居なかった筈だ。もっと何か他ので代用しろって……っと!」
「やはり話す価値などない。無意味だ」
男の姿に擬態したヒトモドキが腕を振るのを、柴本は後ろに跳び下がって避ける。
一瞬だけ、ぞろりと男の腕の形が崩れたかと思うと、次には鞭のようにしなう触腕に変化していた。タコやイカなど軟体動物のものを思わせるそれには、牙とも棘ともつかぬものがびっしりと生えている。もう少し避けるのが遅ければ無事では済まなかった筈だ。
「対話は失敗っと。へへっ、仕方ねぇなぁ」
集音マイクが拾う声は、どこか楽しげな色を帯びている。呼吸数や心拍数が急激に上昇するデータと合わせて送信されてきた。
柴本は後ろに跳び下がりながら、柴本は腰の辺りに固定した鞘に触れる。いくつも施されたロックのひとつが、登録者の指紋を読み取り解除される。
「ヒトモドキを確認。使用許可、願いま――……」
あらかじめ設定された音声コードを言い終わるより先に再び、ヒトモドキが触腕を振るった。骨質の棘のひとつが端末のカメラを掠めた直後、ノイズと激しい画面揺れ。そこから先、全ての映像と音声が途絶えた。
******
大変だ! どうしよう!!
柴本が殺されるところを想像してパニックに陥りかけたとき、"蝶"が柴本の生体情報を伝えてくれた。生きている。彼が個人で所有し、最初に"蝶"を忍び込ませた端末も無事だ。
防戦に回っているのだろう。ただ、今のままではジリ貧だ。ああ、情報を覗き見るしか出来ないわたしに出来ることなど――いや落ち着け、柴本がプライベートで使う端末はまだ生きている。それならば。鞘に施されたロックを解除する信号を送信してやれば、状況をひっくり返せるかもしれない。本来の解除キーとなっている端末は壊されてしまった。けれども、信号の解析は完了している。柴本の個人端末を通じて、鞘の電子ロックを奪ってやろう。
一連の動作を"蝶"に命じてから、無事を祈った。神など信じたことのないわたしが、生まれてはじめて。
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