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おや、ただならぬ気配。男子中学生は学校指定のスポーツバッグを持って靴を履き、玄関のドアを荒々しく開けたかと思うと、コートも着ずに外へ出て行くではありませんか。
「待って! 待ちなさい!」
「放っておきなさい。頭が冷えたら帰ってくるだろう」
「でも、コートも何も着ていないのよあの子」
「5分も歩けば駅があるんだ。凍えることなんかない」
「だけど……」
彼のご両親は揉めています。彼は彼でちょうどバス停に止まったバスに乗り込んでしまいます。あれあれ、駅とは反対方向に向かって行くようです。
「社長、まずいことになりましたね」
「よし。我々の出番だ」
「はい」
覚えておいででしょうか。我々が働く旅館のことを。お客様が車やバスに乗れば、目的地は高級温泉旅館なのでございます。バスの行き先は──。
「いらっしゃいませ、ようこそ四ッ足旅館へ」
「へ?」
男子中学生は、仲居の姿に変身したわたくしの言葉を聞いて、すっかり面食らった様子。そりゃそうでしょうとも。バスを降りてみれば、目の前には高級温泉旅館の玄関があるのですから。
さて、わたくしはおもてなしの準備へ、社長は人間の姿に変身をしました。
「遅かったじゃないか。さあ数学特別合宿を始めるぞ」
「先生! どうしてここに」
うちの黒猫社長、今回は彼の担任の先生、つまりあのお疲れ数学教師に変身したというわけでございます。
「どうしてもこうしてもないだろう。君の数学の点数があまり良くないからさ。ここで一日合宿だ」
「聞いてないです!」
「言ってないもん」
まあまあ、入れば分かるから。社長……いえ先生は、彼の背中をぐいぐいと押して旅館の中へと入っていきます。
ここからはわたくしたちにお任せあれ。男子中学生の好みそうなシンプルな洋室へとご案内。
「ひ、広ぉい」
「勉強が終わったらこの大きなベッドで寛いでいいからさ」
「ほ、本当ですか?」
「もちろん時間は決めるけどね」
「何時間くらい……?」
「10分テスト×5回。で、15分休憩。これを4セット」
「え、学校の時間割と同じくらいじゃないですか」
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