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 テシィラ国の国王の件を片付け、寝室へ戻ったのはすでに深夜だった。それでも各所への連絡は抜けている気がするが、一刻も早く、部屋に戻りたかったのだ。私の寝台の上で、シンは、顔をしかめて座っている。その姿を見て、足下から力が抜けた。床に、膝をつく。 「あ……」 「はあっ? どうしたんだよ、あんた!」  慌てたシンが駆け寄ってくる。駆け寄った瞬間、顔を顰めた。 「どうか?」 「いや……その、これ……移り香……」  顔を赤く染めつつ、シンが、呟く。私は、慣れてしまったので気にならなかったが、あの男の移り香がべったりと身体に染みついていたのだろう。それを、シンに指摘されたのが恥ずかしかった。 「……っ」 「あ……のさ、まあ、良いけど、あんたも、いろいろ……ストレス……ストレスって、どう訳せば良いのかな。まあ、憂さ晴らししたいこととかあるだろうし、まあ、良いんだけど、俺を閉じ込めて、午前様って言うのはちょっと酷いと思う」  勘違いをしている。私は、どう説明すれば良いのか、迷いつつ、あの男の移り香が身体に染みついているのは、気分が悪かったが、もう、疲労の限界だった。 「……少し、休ませて下さい」 「? 良いけど……あんた、結構酷い顔してるぞ? ちょっと待って」  シンは私を抱え上げて、寝台まで移動する。 「自分で……歩けます……」  姫君のように抱え上げられるのは、二回目だった。恥ずかしいことこの上ない。だが、シンは、別に気にした様子もない。余裕の表情だった。  慣れた寝台の上に横たえられた瞬間、意識が引きずり込まれるような感覚を抱く。疲れ果てていて、もう、今日は眠りたい。けれど、シンへ説明するのは必要だろう。最低限の説明だけは、しなければ。 「……テシィラ国の国王が乗り込んできました」 「なにそれ」 「あなたと一緒に異世界から人たちを……拉致した張本人です」 「じゃあ悪い奴なのか?」  私は答えに窮した。言葉を探りつつ、慎重に言う。 「彼の側には彼の側の正義があるのでしょう。私から見れば、彼は、何が目的か解りませんが、敵のような関係になるのでしょうね」 「そうか……。まあ、よく解らないんだけど……でも、なんで、そんなに密着……」  密着したのか、と。彼は聞きたかったのだろう。けれど、言葉が途中で止まった。私は、我が身に起きている異変を知った。息が上がって、顔が、熱い。身体中、熱くてたまらなかった。昼間に盛られた媚薬が、まだ、身をさいなむ。今まで、なんとか耐えていたが、自室に戻って気が抜けた。 「ちょ、どうしたんだよ……」  彼が慌てて、私の肩に手を触れる。びくっ、と大仰に身体が跳ねた。  彼の体温が、一瞬触れたところが、酷く、気持ち良かった。思考に、紗が掛かったように、頭の中がぼんやりとしてくる。頬にふれる夜具や肌に触れている衣服の感触まで、私の肌を甘く刺激している。 「あ……っ」  漏れた声の甘ったるさに、私自身驚く。シンは……シンの顔は、見られなかった。肩で、荒い息をつく。全身が、甘く痺れる。 「ちょ……っと、大神官様、大丈夫……、一体何が……」  心配したのだろう、シンが私の頭に触れる。 「――――っ!」  身体が、大仰に反応した。寝具を掴んで、顔を埋めた。今まで一度も感じたことのなかった感覚。性的な興奮を、感じていると言うことは理解した。 「あの男が……」 「えっ?」 「……媚薬を……」  そこまで言うのが精一杯だった。出来れば、部屋から出て行って欲しい……と思ったが、あの男の『目』や『耳』が、まだ神殿に居たらと思うと、それをシンに言うことは出来なかった。 「手っ取り早い方法は、あるけど……、とりあえず、俺は、ここから離れておく。ここに書斎でもあったら、その中に居るんだけど……、部屋の隅に居るよ。どうしても、どうしようもなくなったら、呼んでくれたら、なんとかしてやるけど」  なんとか、という言葉にすがりたくなった。顔を上げて、シンを見やると、シンは困ったような顔をして私に言う。 「……とはいっても、俺は、慣れてるけど、あんたは慣れてないだろうし……多分、商売でもないなら、ちゃんと気持ちの方を大事にした方が良いよ」 「……よく解りません……」  それより、楽になる方法があるなら、そうして欲しかった。私の、気持ちを察したのか、シンが苦笑した。 「じゃあ、最初の頃、俺が試してた方法を教えてやる。……昔必死で覚えた暗記の文言を何でも良いから、ずっと復唱してろ。何も考えないで済む」  そう言って、シンは、部屋の隅へ行ってしまった。  私は……絶え間なく襲ってくる快楽の波をやり過ごすために、枕に顔を埋めて、なんとか声が漏れないように気をつけて、それから、シンが教えてくれたように、暗記の文言を繰り返した。
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