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 先ほど、シンが、あの神官に接吻をされた時。私は、得体の知れない感情で、混乱した。その中には、嫉妬の気持ちもあったと思う。スティラが、嫉妬したというのは、意外なことだが、シンも、先ほど、怒っていたようだが、嫉妬もしてくれたのだろうか。 「あなたも、嫉妬しますか?」 「当たり前です」  なぜか、シンは、ムッとした表情で、ことさら丁寧に返した。 「それならば、良かった」 「良くないです。……本当に、なんで、キスなんかさせるんだ」 「させた、訳ではありません。あの時は、無理矢理……」  その上、媚薬まで盛られたのだから、私が軽率だった。今、やっと、理解した。 「済みません、軽率でした」 「解ったならいいんですけど……ちょっと心配です」 「もう、大丈夫です」 「だって、あの男が、異世界の民の為の弔いを行うと言ってるんでしょ? その為にテシィラ国に行かなければならないのでしょう? そんなの、何かあるに決まってるじゃないですか」  そのあたりの分析は、神殿の調査部が行っているはずだ。そして、なんとか、回避する方法についても、スティラをはじめとして、皆が知恵を絞っているはず。 「断りづらい理由を付けてまで、呼び出すんだから、何か、良くないことを考えているだろう? 目的が、あんたかも知れないし、そうじゃないかも知れないし。でも、話を聞いていると、その国王は、あんたには興味があって、神殿は憎んでいるように思えるよ」 「そうですね……」  神に、裏切られた、という男。神は死んだと言う言葉を、私に突きつける男。あの男は、今までの人生の中で、どう、神に裏切られたのだろう。神を、呪いながら生きたと、彼は言った。それが神であっても、人であっても、誰かを呪いながら生きる人生は、むなしいばかりだ。 「神殿の調査部が、あの男の人生についても、調査しているでしょう。それで、何か、解るかも知れません」 「あとさ、こういうときは、テシィラ国以外の国は、協力して貰えたりは?」 「……私が、殆ど外交らしい外交を行ってこなかったので、ここで、私が助力だけを求めれば、第二のテシィラ国を作ることになると思います」 「そもそも、神殿って、外交とかはやるものなの? それとも、世界の中で、孤立してる感じ?」 「……孤立というより、特別な立場です。どこの国にも属さず、概ね中立を守ります。ですから、もしも、神殿が攻め入られるようなことがあれば、各国は喜んで手を出すでしょう。ですが、我々は先手は打てません」  向こうが、仕掛けてこない限り、ずっと、こういう状態が続くことになる。テシィラ国に対して、なにか、非を探してみるものの、シンたちと一緒にこの世界に降り立った異世界の民たちをさらった、黒装束のものたちの存在くらいしか、思いつかないが、それも、目撃証言が、シンだけの上、テシィラ国の隠密集団であるだろうから、あちらは知らない、で通すだろう。 「あの国王は……、私に興味はあるのでしょうか? あの方には、お妃様がいらっしゃいますし、後宮には、何人も子を産んだ女性がいるということは知っています。わざわざ、私を得る必要は無いと思うのですが。私は、女性と違って子をなすことも出来ないわけですし」 「子供を作るのが、目的とは限らないだろう……それを言ったら、あんたは、俺には触れたくない?」 「えっ?」  私の、胸が跳ね上がる。触れる。―――の、意味は。理解している。ただ、こうして、触れあうだけではなくて、もっと性的な意味合いを含んだ、肉体的な接触だろう。顔が、熱い。 「……そ、それは……」 「だって、あんたと俺の間でも、子供は出来ないだろ?」 「なら、あんたは、俺に……」 「触れたいです!」  シンの言葉を遮って、私は叫ぶ。雨が降っていて良かった。シンには聞かれても構わないけれど、他の人には聞かれたくない。 「あー、良かった……これで、俺には、触れたくないとか、そういう気持ちはないって言われたら、そっちの方が、どうしようって感じだったよ」  シンが、安心したように呟いて、私の額に、口づけを落とした。額。どうして、額なのか、少し、不満になる。子供をあやす親のような仕草だ。 「私は、自分の気持ちも、よく解りませんけど……でも、あなたとは……、触れあいたい、です。あなたは……どうなんですか」 「勿論、俺だって……あんたを、もっと深く知りたいよ」  私の視線と、シンの視線が、絡み合う。どちらともなく、顔が近付いていく。それは、とても、普通な、自然なことだった。唇に、ふんわりした柔らかい感触が舞い降りる。何度か、戯れるように、軽く触れあって、それから、角度を変え、次第に。口づけが深くなる。 「ん……」  くぐもった、小さな声が漏れる。舌が絡み合ったとき、腰が、甘く震えた。身体の芯が、じんわりと熱くなっていく。全身の、関節が、とろけて力が入らない。目を閉じて、全身で、彼を感じる。彼の、鼓動の早さも、布越しに感じる体温の熱さも、彼の匂いも、感触も、全部、余すことなく、感じたい。 「……雨……」  シンが、口づけの合間に、小さく呟く。 「……はい?」 「……雨、止まないな……」  四阿から、一番近い建屋はどこだろう。ここからならば、多分。 「北の離宮が、近いでしょう……そちらへ行きますか? あそこは、客室がありますが、平素、それほど人は居ないのですが……」  シンが、小さく笑う。 「大胆なお誘い……でいいのかな」  そのつもりが、あったのか。無かったのか。私は……、恥ずかしくてたまらなかったが、それでも、素直に、彼に告げた。 「……その、つもりです」
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