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 私の職場は大手飲食チェーン店である。ドライブスルーがあり、店内飲食スペースがあり、カウンターの奥に調理場がある。私はホールスタッフだ。ドライブスルーの応答も、店内カウンターでの注文も、飲食物のパック詰めもやる。調理場とホールで店員は完全に別れている職場だった。  ここで働いてもうすぐ二年が経つ。それまでは別の土地にいた。その頃はバーで働いていた。ホテルのバーのような内装の、とても落ち着いたお洒落なオーセンティックバーだった。私はそこの仕事も上司もお客さんも、とにかく好きだった。辞めたいなどと思ったことはなった。けれど、私はそこから新幹線を乗り継いでも三時間かかるこの土地に引っ越しを決めたのだった。 「おはようございまーす」  いつものように、少し間延びした口調で出勤した。これは生きていく中で覚えた術の一つで、とっつきにくいと思わせないための喋り方だった。普段の私はどちらかというと少しきつめの印象を与えるらしく、そのために職場や社交場でとっつきにくいとなかなか場に馴染めなかったのだ。今は、すこし抜けているくらいの印象を与えるように気を付けている。あとは、なるべく明るくするとか。 「おはよー」  今日の出勤は、いつも親しくしてくれる三つ下の野中さんだった。彼女は私より六年先輩で、仕事のできる人だった。 「あれ、なんかいいことあった?」  彼女はほとんどの人に敬語を使わない。それこそ、本部の方が来るときや、あまり関わりのない年上のアルバイトの人くらいにしか敬語で話しているのは見たことがない。店長にもお局さんにもため口なのだ。最初はそんな彼女にひどく驚いたことを覚えている。 「え、なんでですか」 「なんか、そんな顔してるから」  私は仕事ができる方ではないという負い目からか、彼女に対してはいつも敬語だ。これは二年経っても直らないのだから、もうずっとこのままなのだと思う。  ところで、そんな顔というのはどんな顔だろう。そんなに私は嬉しそうな顔をしているんだろうか。 「恋でもしてるんじゃないの?」  にやにやと話している彼女だが、そうじゃないことは彼女自身よく知っている。 「なーに言ってんの、旦那さんいる人つかまえて」  話に入ってきたのはお局さんだ。お局さんと言っても、彼女は普段はそこまで厳しいわけでも、もちろん意地悪なわけでもない。歴だけで言えば野中さんの三倍はいくらしかったが、細かいことは聞いていない。店長に聞いたら、まだ君がヨチヨチ歩きしてる頃からだよ、と冗談なのか分からないことを言われてしまった。 「旦那さんがいるからって、恋してないとは限らないじゃん」  バツイチの彼女は平然とそう言った。でもそうかもしれない、旦那がいるからといって止まらないのが恋なのだ。  そうして今日一日が始まったのだった。
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