彼女の部屋

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「はぁ、ぎりぎりセーフでしたね」 俺は必然的に花巻さんの部屋に来てしまった。 やむを得ない、そうこれは道義的に必要な判断だ。 「お、お邪魔します」 花巻さんは、靴を脱いで先に部屋に上がる。 「狭いところですけど、どうぞ」 そう言って、屈託なく中へ促される。 「あぁ、うんお邪魔します」 俺の部屋より広いかも…。 そして意図せず、そしてあくまでも自然に、俺は『彼女の部屋』に入った。 平常心。 そう思ってもやはり視線は部屋の中を見てしまう。 良くも悪くも普通。 ふわふわやモフモフはないけど,シックすぎない部屋。 ベージュやブラウン、時折黒のアクセントがきいている。 部屋だった。 「スイマセン。片付けって苦手で」 そう言って照れ笑いをする。 「今、お茶淹れますね」 そう言って、リビングについているカウンターの向こうに行く。 「あ、うん。ありがとう」 「適当に座ってください。」 L字のソファーの長い方に腰を下ろした。 ベランダの方を見ると、真っ暗な空から雨が打ち付けている。 「助かったよ、こんなふるなんてね」 本心からそう思う。 「ですね。うちが近くてよかったです。」 花巻さんは紅茶を入れて持ってきてくれる。 おそらく来客用にいくつか用意しているのだろう。 そう思わせる量産的なティーカップに安心する。 「も、元カレのじゃないです」 カップをずっと見つめている俺に、花巻さんは慌ててそう言った。 「はは…。わかってるよ」 俺はそう言って、紅茶を一口いただいた。 花巻さんはそんなことする人じゃない。 「…彼は、ここには来たことなかったですから…」 花巻さんがぽそっとつぶやく。 「あ、な、何かごめんなさい!こんな話」 花巻さんは慌てて俺を見る。 「あの、実はこの部屋に男の人が来たの、初めてなんです…」 「え?」 その会話の後少し流れる沈黙。 そして自分の言ったことで、花巻さんは気づいてしまう。 俺が気にしていることと同じことを…。 すぐに俺を見て目を泳がせ、落ち着きなくなる。 顔は耳まで真っ赤だ。 「あ、…えっと…」 ここは。 俺は花巻さんの彼氏。 わかってる。 花巻さんはそんな軽い女じゃない。 それでも意識している。 彼女の部屋に上がり込む彼氏。 彼氏をのこのこと部屋にあげてしまう天然彼女。 可愛そうなほど子羊のような有様の花巻さん。 どうしよう。俺だって心臓バクバクだけど、 ちょっと意地悪したくなってしまう。 片手をついて、少し花巻さんに近づく。 花巻さんの香り。 彼女の全身が硬くなったのがわかる。 じっと見つめると、視線を逸らす。 「え、え…と」 あまりにも困っている花巻さん。 ここまでかな。 そう思って僕は— 「はは…大丈夫だよ」 と髪をかき上げてソファーにもたれる。 「そんな警戒しないで」 自然と頭をポンポンする。 「そりゃ、男として意識はしてほしいけど、花巻さんがそんな下心で俺を家にあげてくれたんじゃないってわかってるから」 それに、どんなことよりも俺は花巻さんに嫌われることの方がつらい。 「あの、ご、ごめんなさい!」 「え、いや、謝んないでよ」 「いえ、私、考えなしで森さんのこと誘ったりして」 「ううん、実際雨すごいし、俺も助かったし」 それでもまだうつむいている。 「正直嬉しかったんだ」 「え?」 「どのタイミングで花巻さんちに来たらいいんだろうって、 ほんとは彼女の家に来てみたくてしょうがなかったし」 ちょっとおどけたようにそう言ってみる。 「そ、そうなんですか?そんなのいつでもおっしゃっていただけたら…」 「いやいや、やっぱハードル高いよ彼女の家に行くってさ」 軽いふりして言うけど、ホントに緊張している。 「下心あるとか思われたらやだし」 「そ、そんな!森さんはそんな人じゃないって私わかってますから!」 いや、必死すぎるでしょ? 「買いかぶりすぎでしょ?俺だって一応普通に男だし」 「…!」 少し真面目な顔でそう言ったら、またびくっとなる。 信じてくれてるの?それとも…(笑)。 「嘘嘘、でも正直本当に嬉しいよ」 ちょっと伸びをして続ける。 「花巻さんの家なんか落ち着くし、紅茶もおいしいし、雨はそんな好きじゃないけど、ちょっと感謝しちゃう」 そう言うと、花巻さんは緊張が少しほぐれたようだった。 「よ、よかったです」 やっといつもの俺たちの雰囲気になってきた。 なのに…。 「こ、今度は、森さんのおうちにもお邪魔していいですか?」 !!! こ、この子はマジもんの天然だ。 「あ、あの私何か…」 「あのさぁ、俺一応彼氏だからね?」 「は、はい」 はぁ、まったくわかってないよね。 自分から罠にかかってくるなんて…。 可愛すぎ…。 「あの、わかってます」 「え?」 「わかってますから、だから」 花巻さんが少しうるんだ目で俺を見る。 ドキッとしてしまう。 「だから、き、気持ちの整理ができたら、お伺い、させてください」 この言葉で気付いてしまう。 花巻さんはかわいいだけじゃない。 俺より何枚も上手だ。
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