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唇
冬は乾燥した日が続く。
木枯らしは女子だけじゃなく男子にも天敵だ。
「あぁもう手がかっさかさ」
重山さんがハンドクリームを塗りながらつぶやく。
ほとんどの人が共感する。
鏑木さんまでもが、同調している。
「指先だけじゃないですけどね」
「確かに、かかととか足とか、ほんと乾燥やばし」
みんなそれぞれに悩みを抱えている。
俺んち女子どもも冬はストッキングでんせん問題を抱えていた。
男より女のほうが、切実なのかも。
「でもこの前教えてもらったハンドクリームむっちゃいいですよ」
花巻さんが佐々木さんに言うと、
「あぁ私もあれ結構調子いいです」
と女子が共感していた。
佐々木さんは照れ臭そうだったがまんざらでもなさそうだった。
「うちお姉ちゃんが美容師やってて手が荒れるから、あのクリーム愛用してるんだよね」
と言っていた。
「あとさぁお肌もカサカサだよね」
重山さんが自分のほっぺを触る。
「あ、それ俺もわかります!」
その話に春木君も乗っかる。
「春木のほっぺはつやつやじゃーん」
チームの女子がどさくさに紛れて春木君のほっぺを触る。
嫌がらずに触らせるのはさすが春木君だ。
そして俺はハッとする。
花巻さんも春木君に触ったらどうしよう?
いや、べつにいい。
だって花巻さんは下心なんてないんだから。
それでもやっぱり…
そこまで思って頭を振る。
他の男に触らないでほしい…。
そんな俺の思考とは関係なく話は進み、
もちろん花巻さんは春木君に触れたりしない。
花巻さんは微笑んでみんなの話を聞いている。
「あ、あと私、唇も渇いちゃって…。」
「あぁ、わかる。マスク生活の時は隠してたけど、口元、気になるよねぇ」
女子トークはまだまだ続く。
「お疲れさまでした」
今日は一緒に退社。
ここのところ週末はいつも一緒に退社できている。
食事して、帰宅するだけだけど、ほんとに幸せな時間。
そんな中、今日の俺はまじで花巻さんの唇が気になっている。
「今日は寒いですね」
そう言いながらマフラーの中に顔をうずめる。
「ほんとだね」
俺は寒さを口実に少し花巻さんに寄り添う。
少し照れているけど、うれしそうな表情は隠せない花巻さん。
こういう時、あぁ、俺ら付き合ってるんだなぁって実感する。
電車待ちのホームでドラマの話をしているときも、
花巻さんの唇が気になって仕方ない。
確かに少し荒れているかも。
その時に思った。
もうすぐバレンタイン。
大学時代の女友だちとの会話を思い出す。
『そのバックかわいいね』
『うん、彼氏にバレンタインにもらったの』
『え?彼氏に?』
『バレンタインって、男からでもいいんだって』
『そうなの?』
『まぁ、私もあげてるから、ホワイトデーのお返しももらうんだけど(笑)』
俺も、花巻さんにプレゼントを…。
その唇を潤す何か…。
例えばリップクリームとか、そんなものをプレゼントしたら?
花巻さんは俺にもらったリップクリームをその唇に滑らせる。
想像して唾をのんでしまう。
「森さん、森さん?」
「え?」
しまった。
妄想の世界に迷い込んで、聞いたなかった。
「あ、ごごめん、考え事してた」
「ふふ…。遠い目をしてました」
花巻さんはちょっとおかしそうに笑った。
「あの、よかったら今日はうちでおでんでもしませんか?」
「あ、あぁ、いいね」
初めておうちにお邪魔した日から、何度かお呼ばれしている。
『花巻さんがいいっていうまで、手を出しません!』
と宣言していたし、花巻さんもそれを素直に信じてる。
そう言うのって結構きついかなって思ったし、
そう言う気持ちが全くないと言ったらうそになるが、
花巻さんのこと大切だし、一緒に過ごすだけで十分に満たされてしまう。
「材料はあるし、大根も煮込んだのがあるので」
そう言われて、遠慮なくお邪魔することにした。
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