スケート

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スケート

会社の近くの広場に、冬になるとスケートリンクが出現する。 器用な春木君はもちろん当然のようにスケートも得意だ。 どうしてこんな話になったのか、花巻さんと俺と春木君と鏑木さんの4人は、 仕事終わりにこのスケートリンクに来ていた。 俺も全く滑れないわけじゃないけど、春木君ほどかっこよくは滑れない。 雪国育ちの鏑木さんもスキーのほうが得意だと言っていた。 それでも、持ち前の運動神経の良さでなかなかの滑りだ。 「やっぱかっこいいなぁ。」 思わず春木君に見とれてしまう。 「ですね」 となりで花巻さんも悔しそうに春木君を見ている。 何気に負けず嫌いな一面もある花巻さんは、 ほんとにただの嫉妬で春木君を見ているんだろうけど、 俺は春木君に惚れるんじゃないかとドキドキする。 「でも、森さんは滑れるじゃないですか!」 俺に向かってほほを膨らます。 可愛い。 「はは…、まぁ氷の上を移動するってだけしかできないけど…」 「それでもすごいですよ!」 確かに花巻さんはお世辞にも何とも言えない状態だ。 「じゃ、俺につかまっていいよ」 ふと思い出してしまう。 高校の時の彼女にも、似たようなことしてやってたなって…。 でもそれはただかっこつけたかっただけ。 花巻さんへの気持ちはもっともっと大きくて大切な気持ちだ。 「だ、大丈夫ですか?」 「え?俺じゃ信用できない?」 ちょっと意地悪に聞いてしまう。 するとあわてて 「そ、そうじゃないですけど、もし私が転んだら森さんにも迷惑かえちゃいますし…」 「大丈夫、俺の腕につかまって」 そう言ったけど、いざ捕まられるとやっぱりバランスとりずらいな。 それでもゆっくりと足を滑らせる。 「あぁ…。」 こわばった体と、表情で必死に俺にしがみついて情けない声まで出している。 「ゆーっくり、ゆっくりね」 いつの間にか鏑木さんと春木君もわきをすべって見守ってくれている。 「はぁ…」 3メートルくらいすべったところでヘリにつかまって息抜きをする花巻さん。 「ほんとにこんなに滑れないなんて…」 「いやいや初めて氷に乗ったにしては上出来っすよ」 「そうでしょうか…」 「うんうん。花巻は頑張り屋だからな」 みんなに励まされて少し表情が明るくなる。 「私はもう、向こうで休憩するんで、皆さん時間まで楽しんできてください」 「あ、俺ももう足痛いかも」 俺たちを気遣った花巻さんだったけど、俺も一緒に休憩をとることにする。 「ほんとによかったんですか?」 カフェスペースに座って、自由に滑る春木君と鏑木さんをちらっと見ながら俺に聞く花巻さん。 「うん。だって体コチコチになりそうだし。」 俺は笑って答える。 紙コップのコーヒーを飲みながら少しの沈黙。 視線はリンクの方を見ながら、ポツリと花巻さんが言う。 「もしかして、ああいうふうに昔も彼女と滑ったりしたんですか?」 「え?」 本気で一瞬わからなかった。 “"というのは…? 「あ、いえ、いいんです何でもないんです!」 花巻さんは俺を見て慌てたようにそう言ってコーヒーを飲んだ。 リンクのほうをちらっと見ると、彼女の手を取ってすべる彼氏みたいな人が見えた。 それを見て俺はハッとする。 昔の彼女とスケートをしたときのこと思い出していたのを、見抜かれたんだろうか? いや、そんなに鋭いことある? そう思ったけど彼女の勘って侮れない。 「花巻さんだから、助けたかったし、一緒に滑りたかったんだよ」 ちょっと曖昧な答えだったかな。 でも、今の俺には例え元カノとどうであっても、花巻さん以外にはいろんなこと考えられない。 「…」 「またいろんなこと一緒に経験していきたい、そう思うのも花巻さんだけ」 どう、とらえたのかはわからないけど、花巻さんが照れているのはわかる。 「私…ちょろいですね」 そう言ったけど、俺にとって花巻さんは全然ちょろくない。 もっとかっこいいとこ見せたいし、もっと夢中になってほしい。 花巻さんの一挙手一投足に舞い上がったり沈んだり嫉妬したり。 ちょろいのはたぶん俺の方だ。 「あぁ、俺もスケート練習しよう!」 「えぇ?ずるいです!私もうまくなりたい!」 「あいつらいちゃつきやがって」 「マジでイラッとしますね」 スケートリンクの上から春木君と鏑木さんの嫉妬の視線があったことに 俺たちが気付くことはなかった。
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