彼氏の部屋

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「散らかってるけど、どうぞ」 無言のまま彼女を部屋に連れてきてしまった。 勢いが大事。 そりゃそうだけど、花巻さんはかなり戸惑っているんじゃないだろうか。 そう思うと彼女の顔を見ることもできなかった。 「お、お邪魔します…」 だいぶ日が伸びて外はまだ明るい。 カーテンを開けて明かりをとる。 「適当に座って」 「あ、はい」 おそるおそると入ってくる気配がする。 ポットをセットして、マグカップを出す。 花巻さんはサッシから外を見ている。 その後ろ姿のシルエットがまぶしい。 ごぼごぼとポットが沸騰を告げる。 「お茶、もらっていい?」 そう言うと花巻さんは慌ててティーバックの包みを出す。 「はい。どうぞ」 「ありがとう」 初めて顔を合わせて実感がわいてくる。 俺の部屋に花巻さんがいる。 心にジーンと染みてくる。 「これ普通にお湯入れればいい感じ?」 「あ、はい。私やりますね」 そう言って、キッチンに入ってくる。 なんかいいなぁ。 マグカップにバックを入れている花巻さん。 心がほわほわする。 コポコポコポ…。 マグカップから湯気とほのかな香りが広がる。 「これで少し待ちましょう」 花巻さんがにっこりと俺を見上げる。 「あ、うん」 「あ、テーブルのほうに持って行きます?」 「うん、そうしようか」 俺たちはそれぞれのカップをもってローソファーへと移動する。 「わぁこのソファーいいですね。なんか飲み込まれそう」 「気に入ってるんだけどさ、俺をダメにしちゃうんだよね」 「あぁ、なんかわかります」 花巻さんはすっかりくつろいでいる。 正直“油断しすぎだろ”とは思う。 それだけ信用されてる? それとも意識されてない? 俺の中でちょっとした葛藤が起こる。 「あ、もういいかも」 ティーバックを持ってきた受け皿に出す。 「では,いただきます」 自分で持ってきたお茶なのに、そう言いながらマグカップに口をつける。 「はぁ、おいしい」 満足そうな花巻さんの笑顔を見てから、俺もお茶を口にする。 「はぁ、確かにうまい。くせはないけど香りは深いね」 「ふふ…。なんだか評論家みたい」 「え?そうかな?」 静かな部屋にお茶をすする音だけが響く。 「花巻さんってこういうセンスがあるんだよね」 「そうですか?森さんに褒められると正直嬉しいです」 「俺たちの気付かない視点を持ってるっていうか、勘もいいよね」 「はは…友達には"変わってるね"って言われますけど」 「そうなの?俺は才能だと思うけど」 「まぁ、今の仕事は天職かなって、ちょっと思ったりもしてます」 あぁ、こうやって彼女のことを少しずつ知っていく。 俺にとって至福の時間だ。 花巻さんと付き合えてほんとによかった。 そんなふうに思う。 この部屋に花巻さんがいる。 殺風景な自分の部屋も、それだけで暖かく柔らかく、 居心地がいい。 ふと、花巻さんがつぶやく。 「なんか私の部屋じゃないのに落ち着きます」 「え?」 「こ、ここが彼氏(森さん)の部屋だからですね」 !! 俺はもちろん、言っている花巻さんも真っ赤になっている。 俺ら、うぶかよ!
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