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「じゃ、スイマセン俺こっちなんで」
偶然というべきか春木君だけが逆方向だった。
食堂を出て、俺は花巻さんと歩き出す。
誘った手前、俺に春木さんを遅らせることを、
申し訳なく思っている春木君は、
ほんとにいいやつだ。
いや、もしかしたら俺に気を利かせたのかも…。
そんなふうに勘繰ってしまう俺は、自嘲してしまう。
もしも春木君が前者のような純粋な気持ちなら申し訳ないが、
俺は花巻さんと二人きりになれたことに興奮を隠しきれない。
いつまでも振り返って手を振る春木君の笑顔に、
汚れ切っていしまったよこしまな俺の心が—痛々しい。
「ふふ…。そう君てば…」
!
そう呟いた花巻さんにドキッとする。
そう君って言った。
あぁそう言えば、チームの半分以上は春木君を『そうくん』と呼んでいる。
人懐っこくて気さくな彼は、人との距離のつめ方がうまいけど、
まさか花巻さんまで…。
「私たちも行きましょうか」
そう話しかけられて我に返る。
「…あ、あぁそう、そうですね」
「なんかスイマセン。同じ方向なだけで送ってもらうような形になっちゃって」
「いや、いや男二人おんなじ方向じゃなくてよかったです。」
なんかいちいち自分の発言に下心が見えているような気がして緊張する。
「まぁそうだとしたら、春木君は送っていくんでしょうけど」
そう言っていたずらっぽく笑って見せた。
「確かに。ほんと気遣いの人ですもんね」
「かれのおかげでチームが円滑なのかもって思ってます」
「あ、私もです。いい意味でムードメーカーですよね」
春木君の話を嬉しそうにする花巻さんにやきもきしてしまう。
「そう君の彼女って年上なんですって」
「へ、へぇ」
「でも『俺がいないとだめなんすよ』って言ってて、何か笑っちゃいました」
「はは、それって彼女の手のひらの上って感じでしょうね」
「ですよね」
ちょっと笑いあった後、少し沈黙する。
「でも、そう君が一途なのってほんのちょっと仕事一緒にしただけでもわかりますよね」
とても静かに、まるで夜の闇に溶かすように花巻さんが言葉を吐き捨てた。
「…、花巻さんは…」
「え?」
一瞬戸惑ったけど、きっと今は俺にとってのチャンスだと思った。
このチャンスを逃してはいけないと…。
「花巻さん、なんかあったんですか?その彼氏と」
「え?」
歩いていた足が止まってしまう。
俺と花巻さんは見つめあう。
空気も時間も止まったように濃くなってくる。
「…あ…、えっと」
「この前のため息も、さっきのメッセージも、彼氏さんですよね?」
「あ…」
目を泳がす花巻さん。
じっと見つめると、瞳がゆらりと揺れる。
そして—。
そのしずくは堰をきったように彼女の瞳から次々と溢れ出した。
俺は思わず彼女を抱きしめた。
おそらく一分ほど、そうしていた。
人通りも少ない路地では、俺たちが人目に触れることはなかった。
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