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「ごめんなさい」
まだ濡れるまつげを俺に向けて花巻さんは俺に微笑みかけた。
「いや、俺こそデリカシーのないことを…」
出会って間もない職場の同僚に、こんなにプライベートに踏み込まれるなんて思わないだろう。
それは俺が一番わかっている。
もうバスなんかこない時間のバス停のベンチに俺たちは並んで座った。
横の自販機でペットボトルを買って花巻さんにも渡した。
彼女は小さく礼を言ってふたを開けた。
「独り言だと思って聞いてくださいますか?」
ちょっとの間をおいて彼女がそう言った。
俺の返事を待たずして、彼女は話を続ける。
「あの日、森さんが私を見かけた日、私彼にふられたんです」
やっぱり
「付き合って半年だったんですけど、お恥ずかしながら初めての彼氏だったんです」
「なるほど…」
「でも、友達にとられちゃって…」
へへ…。とおどけて笑う。
「その…、なんていうかまぁ見た目も私よりいい女だし、えっとその…」
ちょっと言いよどむ花巻さん。
「その、…体っていうか、そう言うのの相性も私よりいいって…」
!
思いもよらない花巻さんの発言に俺は驚いてしまった。
するとそれをなんか勘違いして
「あ、やだ!私何言ってるんだろ!ごめんなさいこんな」
てんぱりながら花巻さんは真っ赤になっている。
「い、いや…。ひ、ひどいっすね」
やばいこんな状況なのに、花巻さんのそう言うことを想像してしまって、俺もてんぱってしまう。
「えと、じゃ、さっきのメッセージは?」
「あぁ、あれはその彼を奪った友達が、私と彼が行くはずだった旅行に彼女と彼が行ってるんですけど、その様子をわざわざ写真付きで送ってきてて…。」
はぁ?
もしかして、その女、花巻さんにマウントとるのが目的か?
「なかなかにハイスペックな彼だったので、私とは釣り合わないのはわかってたんです。それに新しいチームで仕事始めたら楽しくて、忘れたつもりでもいたんですけど、やっぱこれは…まだきついかなって…」
花巻さんは一気に言ってからペットボトルに口を付けた。
「まだ」
「?」
「まだ彼のこと好きなんですか?」
何を聞いてるんだ。
そりゃまだ1か月しかたってないんだし、忘れられるわけないだろう。
「正直わかりません。」
「え?」
「初めての彼氏で浮かれていた気持ちが、こんな男に全部ゆだねていた自分が悔しかっただけなのかもしれないって、今は思ってます」
そう言った彼女は少し遠くを見た後、俺に視線を向けた。
その瞬間の表情に俺は完全に気持ちを持って行かれた。
「俺は」
「?」
「俺は花巻さんのこと好きです」
「…え?」
「好きだよ」
花巻さんのほほに手を添えて自分の想いを伝えていた。
彼女のほほが熱を帯びて赤くなったのがわかった。
「あ、ありがとう…」
その言葉にちょっと冷静になって、俺もハズイ。
ちょっといたたまれない気持ちになる。
「す、スイマセン」
「い、いえ」
「か、帰りましょうか?」
「はい…」
お互いに不自然なほどぎこちなく立ち上がって歩き始めた。
花巻さんが時折俺を見ている。
でも俺たちは何も話さず、彼女のアパート付近まで来た。
「あの、私この上すぐなんで、ここで…」
「あ、はい」
初めての女性の家にそこまでついていくのは野暮だろう。
コンビニやら深夜までやってる店やらの明かりのある道だ。
ここで別れても大丈夫だろう。
「あ、でも一応心配なんで、部屋帰ったらLINEもらえます?」
「え?あ、はい。ふふ…お父さんみたいですね」
そう言って笑ってくれた花巻さんに安心する。
「いや、歳変わらないから」
そう言って俺も笑い返す。
「ありがとうございます」
そう言って背中を向けた花巻さん。
「あの」
その背中に俺は声をかける。
小首をかしげて振り向いた彼女に—
「さっきの本気だから」
「え?」
それは勘違いされたくない。
しっかり伝えておきたかった。
「俺、まじで花巻さんのこと好きだから」
「…!…え?」
「すぐじゃなくていい。花巻さんも俺のこと、真剣に考えてほしい」
「…」
「恋人になっていいかどうか、考えてほしい」
花巻さんは少し視線を伏せて、すぐに視線をあげた。
「…はい」
真っ赤になってそう返事をしてから、頭を下げて俺に背中を向けた。
『無事玄関の鍵を閉めました
ありがとうございます
おやすみなさい』
3分後
俺の携帯に花巻さんからメッセージが届いた。
その画面を抱きしめて、俺は久々の気持ちに心躍らせてしまった。
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