樹海Ⅰ Ⅱ

1/2
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
「樹海」Ⅰ 線路沿いの道を その人は裸足で歩いていた 無精髭に伸び過ぎた髪 くたびれて汚れた黒のスエットで 荷物ひとつも持たずに まだ然程年老いてもいなさそうな風体で 思いの外しっかりとした足取りで 彼は一体何処から来て 何処へ行くのか 何故裸足なのか 後ろを歩く人が怪訝そうに彼を見るが 何も言わずに足早に追い越してゆく それは優しさなのか 無関心なのか それとも 嫌悪感からなのか 当の彼は そんな事にはまるでお構い無しで 周りの人間を気にする様子も無く ただ前だけを見て歩き続ける まるで誰も存在しないかのように 誰にぶつかる事も無く 風のように滑らかに 朝の気忙しい街を歩いてゆく やがて駅に着いても 彼は周りの人間のように無機質な改札に呑み込まれる事も無く 今度は人の流れに逆らって ひたすら前だけを見て線路沿いの道を歩いてゆく 彼の目的地は何処なのか? 次の駅か そのまた次の駅なのか ひょっとしたら 彼の目的地は駅ではないのかもしれない 或いは 何処とも定まらぬ駅を いつ辿り着くかも分からない駅を 彼は目指しているのかもしれない すれ違う人々は奇異な目で しかし無関心を装って 彼を見ないように通り過ぎる   (心では凝視し乍ら) 彼は何処から来て 何処へ行くのか けれど誰も それを尋ねる事はしない 彼は歩いてゆく まだ薄ら寒い早春の道を 荷物ひとつも持たずに 裸足で ただ 歩いてゆく (2021年3月25日作の詩) <無断転載・複写等禁止>
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!