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豊は葵の傷に触れた事を後悔した。葵はいつも酷い過去をあっけらかんと話していたものだからもう平気なのだと思ってしまっていた。豊はどんなに葵が素敵か繰り返し伝える。
「葵の音楽がこんなに評価されてるのは、葵自身が素晴らしい人だからだよ」
黙っていた葵が、は、と自嘲するように笑って重い口を開く。
「俺の音楽と俺の人間性は一切関係ない。俺はずっと……売れて有名になった俺を見た父親が悔しがって怒り狂ってればいいのにって思ってた。報われなくて折れそうな時はそんな空想で自分を励ましてた。音楽は、俺にとって唯一の復讐の手段だったから。自分を踏みにじったあの男を高みから見下して、踏みにじってやりたかった。そんな事ばっかり考えて……」
父親が死んで向ける先を永遠に失った刃が、葵自身を攻撃するように傷をえぐっている。寝食忘れて没頭するほど好きな音楽を復讐の手段などと言う葵が痛々しくて、豊はつとめて優しく声を掛ける。
「ごめんね。もう、この話はやめよう。俺ももう何も言わないから。首突っ込んで本当にごめん」
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