11、ナショナルツアー

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 豊は自分でも自身の頰を叩いて気合を入れ直し、勿論、と答えた。最終的なリハーサルを終えて、いよいよ本番を迎える。緊張がピークに達して、頭が集中して冴えわたる。暗転したステージの真ん中で葵の鋭い歌声が暗闇を切り裂くように響き渡ると客席のざわめきが聞こえた。追いかけるように実光のドラム、ライトが点き、豊がベースを鳴らす。ライブが始まるともう、自然と豊はSilverLillyのカモでしかなくなっていた。葵の歌をしっかりと支えるように、引き立たせるように夢中でベースをかき鳴らす。葵の歌を、SilverLillyの音楽を表現すること以外何も考えられなくて、自分自身が楽器になったかのように頭の中が音楽でいっぱいになる。昨日葵を支えたのは玲司なのかもしれないが、ステージの上で葵を支えるのは豊の役目だ。誰にも譲れない、豊の場所。演奏に注力し過ぎてMCで天然ボケを炸裂してしまったのは御愛嬌として、初日のライブは大成功で幕を閉じた。アンコールを終えて舞台袖に引っ込んでから実光が、うえーい! とテンション高くハイタッチを求めてきた。 「うわ、サネ手冷た」 「緊張し過ぎてもーわけわかんねー!!」  いつも通りの冴えた演奏だったが全国ツアーの初日ということでかなり緊張していたらしい。実光はハイになっていて葵にもハイタッチを求める。葵は呆れたように笑って応じていた。豊は葵に声をかけた。 「おつかれ様。今日も最高だったね」  葵は、当然、と額の汗をタオルで拭って笑った。
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