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「髪乾かすの、慣れてるでしょ。今までの女の子にもやってたの?」  ドライヤーの鈍い音の隙間を縫って、菜乃花ちゃんのいたずらっぽい声が耳に届く。 「まあ、否定はしないよ」  失恋した友人と酒を浴びた翌日。  二日酔いもすっかり治った夜、菜乃花ちゃんが、僕の家に来ていた。  順番に入浴を終え、僕は菜乃花ちゃんに頼まれて彼女の髪を乾かしていた。  彼女の甘い匂いが、すぐそばに。なけなしの理性が、欲望との不利な戦いを強いられる。 「レスポールしか弾かないの?」  彼女が、壁際のスタンドに立てかけられた黄金色のギターに目を向けて言った。 「うん」    僕は、ギターには一途なのだ。   「たまに他の人のギターも借りて弾いてみるけど、やっぱり、僕にはレスポールが一番でさ。高校の時に買ったものをずっと使っている」 「また聴きたいな、晶良くんのギター」 「じゃ、今弾いてあげる」 「今?」    ちょうど髪を乾かし終えたところだったので、僕はドライヤーを止めた。 「座ってて」  僕はドライヤーを片付けて、ギターの隣にまとめてある機材の類から黒いヘッドホンアンプを取り出した。     ギターをチューニングし、アンプの音量を調節してから、彼女の耳にヘッドホンをつける。かわいい女の子の耳を自分の手で塞ぐことに、そこそこ興奮した。   「いくよ」    僕が言うと、彼女はこくりとうなずいて目を閉じる。  僕は、六本の弦の上でピックを滑らせた。    ゆるやかなアルペジオで、彼女を幻想の空間に誘い込む。柔らかな音で鼓膜を愛撫し、二人きりの時間に閉じ込める。  徐々に理性を失っていく菜乃花ちゃんの姿を見ながら思う。僕らは相性が良い。フレーズ一つひとつに込める感情と彼女の反応が驚くほど一致していて、感性の近いことを確信した。  そろそろかな。    僕らの間に存在していた精神的な薄膜を溶かしきったと確信し、演奏を中断した。隣に座って腰に手を回し、じっと見つめる。  夜空のような瞳が、僕をその中に受け入れて。  どちらからともなく、僕らは唇を重ねた。
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