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佐々木彩人は、店内の商品には目もくれず、入り口から一直線に、店主のいるレジカウンターに向かった。
「不思議な体験ができるゲームってありますか? ゴールした時に部屋に紙吹雪が舞ったり、花火が上がったりとかじゃなくて」
エブリスタウンのゲーム玩具屋「謎謎」の店主は、痩せ型で、知的な中年男性だ。右手の中指でメガネをグイッと上げるとニタリと笑った。
「うちのいつもの商品じゃ満足できないのかな?」
謎謎で売っているゲームは、紙吹雪や花火が出たり、急に部屋が寒くなったり暑くなったり、明るくなったり、暗くなったりというのが主流だ。でも、彩人が探しているのはそんなものじゃなかった。
「はい。とびっきりの不思議体験ができるものを」
「あるよ。でも、どんなことが起きても責任は持てないよ」
「もちろんOKです!」
高校の同級生で、幼馴染の佐伯彩は、遊園地に行けば、絶叫マシン・メテオストライクやお化け屋敷が大好きだし、銀河鉄道の夜というアトラクションで、『銀河への旅に出ることができる』という都市伝説を信じていて、それを夢見たりしている。
彩が喜ぶのは、思いっきりの不思議体験のはずだ。
「じゃあ、この同意書にサインをしてもらおうか」
店主は、怪しい笑みを浮かべながら、紙を差し出した。
引っかかる文章が何個かある。
━━本ゲームをプレイ中に起こる出来事について、たとえ、プレイヤーが死亡することがあっても、神隠しにあっても、ゲーム製作者および販売者は一切責任を負いません。
━━プレイヤーに損害が生じたときは、購入者である私が損害賠償責任を負います。
これは、よくある同意書だ。しかし、サインして問題はない。なぜなら、事業者の責任をすべて免除する条項は、消費者契約法によって無効になるからだ。
それに、彩人は、まだ、十六歳。未成年のサインは無効だ。
どんなことが起きても責任が持てないとの言葉や同意書の存在。これは、不思議なゲームだと思わせるための雰囲気作りであり、客へのサービスだと彩人は、考えた。
ごくりと唾を飲み込み、サインをする。すると、同意書がボワッと光った。
「この同意書は、魔法の同意書だ。法律はいっさい関係ないよ」
店主は、いたずらが成功した子どものように
微笑んだ。ゲームの箱を包装紙で包み、彩人に差し出すと、人差し指を一本だけ立てた。
「そのゲームは、一回きりの使い捨てだよ。と言っても、一回やり遂げられるかどうか。プレーヤーの誰かがゴールできることを祈っているよ」
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