久しぶり

1/1
前へ
/1ページ
次へ
「よ、久しぶり」 彼から声をかけてきた。少し驚いた。 人の少ないカフェで、まあ駅前だから偶然だったんだろうけど、寄りにもよってこんなところでって感じだった。 「え、ええ、元気だった?」 「俺にそれ言う?まり子は相変わらず意地悪だなあ」 「いままでなにしてたの?」 「それ聞く?いやマジありえないっしょ」 そう。たかしはずっとこんな感じの軽いやつ。 二年前、わたしはこいつとつきあっていた。ええ、そうよ、恋人同士だった。最初は優しいひとだった。だがやがて本性を見せた。こいつはどうしようもないクズだった。 「なあ、あと二百万、絶対絶対必要なんだよ」 「そう言ってもう二千万円も渡してるんじゃない」 「だからもう少し。だってそれねえと俺死んじゃうんだよ」 「もうあんたに渡すお金なんてないよ」 「おまえ婆ちゃんがいるだろ?何でも言うことを聞いてくれる婆ちゃんがよ。なあ頼んでくれないかなあ。じゃないとお婆ちゃん、死んじゃうかもよ」 わたしはこのときこいつを殺そうと思った。こいつはダニだ。ひとの生き血を吸いまくるだけのクズだ。死んだほうがいいんだ。まあとにかく殺したかった。 だけど殺そうと思ったって、人間そうは簡単にひと殺しはできない。そういうのはどこかおかしくならなけりゃ無理だし、だいいち、人を殺したら、そりゃすぐ捕まって刑務所に入れられる。日本の警察は優秀だ。あっという間に犯人は見つかるだろうし。 だからお婆ちゃんは死んだ。どこの誰だかわからない強盗に襲われて。でもわたしは知ってる。やったのはこいつだ。たかしに決まってる。あの晩、こいつは血のついたスエットで帰って来た。なにごともないような顔をして、そいつをゴミ箱に捨て、そうしてあたしを抱いた。いつもより興奮してた。あたしはなんだかわからず、身を任せながら、それでも心は冷めていた。 お婆ちゃんの死を知ったのは翌日の昼だった。 だから殺した。睡眠導入剤。なに、簡単だった。眠っている人間を殺すなど、たやすいことだ。死体はマンションの浄化槽に放り込んだ。浄化槽なんてメンテナンスなんかほとんどされない。見つかりっこない。 何か月か過ぎ、わたしはそんなことさえ忘れてきたころだった。 「俺はよ、おまえに殺されてさあ…」 たかしは青白い顔をしてあたしにそう言った。目の前のショコラ・オランジュケーキに目もくれないで。まあ幽霊なんだからしょうがないか。 「だからなによ」 あたしはそう言ってやった。 「てめえ、このままで済むと思うなよ…」 たかしは死霊になってようやくその軽さが抜けたみたいだ。だがもう遅い。 「あんたもね」 「はあ?」 すうっとあたしのお婆ちゃんの顔が見えた。そうして、そのか細い手が、たかしの死霊となったからだにまとわりついて、そうして闇に引きずり込んで行った。お婆ちゃん、ありがとう…。 駅前のカフェは何ごともなかったように、ただ静かに時を過ごしていた。 「ごめん、待った?」 いそいできた風の若い男がカフェに飛び込んできた。そうしてわたしの席の前に座るとそう彼は言った。なによ、もう三十分も遅刻だぞ。 「ううん、あなたを待っている時間も、わたしは楽しいのよね」 「そ、そうかい。なんかうれしいな」 「で?どうしたの?急に呼び出したりして」 「それがさあ、じつは俺の会社がいまヤバくてさあ。俺も出資してるんだけど、あと百万さえあれば潰れないんだよ。なんとかならないかなあ」 またお婆ちゃんの出番だ。ああその前に、どう殺すかな、こいつを。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加