宵の街

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 常盤屋は「ちょっと待ってろ」と言って、どこかへ出掛けて行ったと思ったら、ねんねこ半纏を借りて戻ってきた。  「下の長屋のお清ちゃんとこから借りてきた。これで寒くないだろう」  睦としては、大きな赤子みたいで恥ずかしいのだが、せっかく借りてきてくれたので何も言えない。  「さぁ」  常盤屋はそう言って、背を向けた。  大きい背だ。  睦はそっと体重を乗せた。  常盤屋は宵の中を、睦を背負って雪を踏みしめて歩く。  常盤屋はまず、古書店常盤屋の横に鎮座し、薫習が管理する冬宵神社に向かった。  神社は全体を大楠木が守るように、枝を広げている。鳥居を潜ると、手水舎があり、その横に社務所。参道脇には錦鯉が泳ぐ、良く澄んだ池があり、真っ直ぐ行くと拝殿、奥には本殿がある。神社は街を一望できる小高い所に建っていて、すぐ下には長屋が続いている。  常盤屋は神社の1番開けたところで、睦に街を見せた。  「西北の一際明るく立派な建物が見えるか。あれがこの街の中心部、宵宮の本宮だ」  「宵宮?」  睦には聞き慣れない言葉だった。  「この街を治める頭首のことを、宵宮という。この街は、春宵、夏宵、秋宵、冬宵の4つに分かれていて、それぞれ春宵宮、夏宵宮、秋宵宮、冬宵宮があり、それが各区の中心になっている。この街では本宮を中心に、各宮を通して自治をしているのだそうだ」  「宵宮っていうのは、人?」  「人ではないな。この街の化身とでも言うべきか。男宮というくらいだから、神様みたいなもの?祭の時なんかは、神輿にいるんだ」  睦はふぅんと相槌を打つ。  「……祭政一致ということ」  常盤屋は驚いたと言ってちょっと笑った。背負われていて顔は見えないが、睦が聞いた中で初めて聞く笑い声だった。  「祭政一致。その通り。本宮と各宮の下に役所があるんだ。ここから真西の方の街が秋宵。秋宵には、本宮に勤める神官やその下の街役場で働く官吏の邸宅がある区だ。ここからは本宮で見えないが、西北の方角にあるのが夏宵。デパートだとか、老舗の店が並ぶ区」  常盤屋は真東を指差して、「本宮の次に明るいだろう」と言った。その方向は確かに明るく、色とりどりな街灯がきらきらと怪しく光っている。  「あそこが春宵。1番役人街の秋宵から遠いのが不夜城、春宵だ。あそこは花街があるんだ」  そして常盤屋は首を回して睦を見やった。  「ここ、冬宵は職人の街。古き良き下町さ。古書店常盤屋は、冬宵の外れにある」
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