宵の街

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 睦は「ほぅ。ほぅ」という梟の鳴き声で目を覚ました。ふと、手首をふわふわしたものが包んでいることに気づき、そばを見ると紛れもない虎猫が、作務衣のようなものを着て睦の脈を見ていた。  「おや、起きたね。全く、太助も太助だが常盤屋も常盤屋で回りくどいことをしていたもんだ。回復を待って、この街のあらましを順序良く懇切丁寧に説明しようなんざ、できやしない。住んでる者にだって、この街の説明なんてできやしないんだから」  虎猫の薫習はさばさばとした口調だが、口数が多いようで、睦はうんともすんとも口を挟めない。  「お飲み。気付け薬だヨ」  そう言って薫習は睦に、琥珀色の温かな飲み物が入ったお猪口を手渡した。  「ぐいっといきナ」  睦は言われた通りに、一気に煽った。すると、口の中にこっくりとした甘さが広がると同時に、喉が焼けるような強い酒精を感じた。  「お前さん、むせなかったね。やがては飲める口になるな」  そう言われて、初めて睦は薫習とまともに目を合わせた。気付け薬と同じ、琥珀色の猫の目だ。見ていると不思議な気持ちになる。  「驚いたか?カワウソが簪職人で、虎猫が薬師で」  「……はい」  「この街じゃあ、それが普通サ。目で見た方が早いだろう?」  それは、そうだと睦は思う。常盤屋は、睦の頭を混乱させまいと一つ一つを飲み込むのを待ってくれていたようだったが、目の前で虎猫が薬研で薬を調合している様子を見た方が、頭を殴られるような衝撃はあれども、理解せざるを得ない。  「常盤屋は、衝撃でまたお前さんがさらに寝込むと思ったんだネ。確かにお前さん、なかなか回復しないから、私も気を揉んださ」  「す、すみません」  「謝ることじゃないサ。ただね、気力をお持ち。この街に来たからには、何か理由があったンだろう。簡単に迷い込めるところじゃないからネ。いいかい、記憶を取り戻して、お前さんが本当にしたかったことを思い出すンだ。そういう、意志がないと、良くなるもんも良くならない」  睦は素直に頷いた。  「よろしい。じゃあ、忘れずに薬を飲むんだよ。あと、養生は大事だけどね、外の空気を吸うのも大事なことだよ。布団の中にずっといたんじゃ、気持ちが腐る」  そう言うと、薫習は立ち上がり、階段口に向かった。階段の手すりには鈴が一つ付いていて、3階建ての常盤屋での呼び鈴のようだ。しばらくすると、常盤屋が顔を出した。  「常盤屋。目が覚めたよ。それでね、お前さん、この子にこの街を見せてやンな」  「見せてって、足がまだ」  「折れてる。だから、背負って やンな。綿入れ着せて、あったかくしてな。熱は今下がってるから」  常盤屋は逡巡したが、薫習の言う通りに睦を背負って出かけることにした。
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