気紛れに優しく

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(彼女のこと——七瀬のことをもっと知りたい) 「知り合いか?」  隣に並んだ二宮が訊いてきたので、「まあな」と適当に頷く。 「一方的に、だけど」 「は? 何それ?」 「それよりY町のクライアントだろ。どうすれば良いんだ?」  突っ込まれる前に話題を変えた。二宮も「そうそう」と思い出したように表情を硬くする。 「今週末までにって頼まれてたプレゼン、届けるの忘れててさ」 「そんなこったと思ったぜ」  三田さんに目配せして、二人でバックヤードに戻った。小さなテーブルとポットの載ったキャビネットが置かれただけの小さな部屋だ。壁には信金名の入ったカレンダー。喫煙も良しとしているようで空間にこびり付いた匂いはタバコのそれだ。 「俺のデスクの、一番下のデカい引き出しあるだろ。あの中に封筒が入ってるから。それを届けて欲しいんだ」 「すぐ分かんのか?」 「封筒は三つ……いや五つくらいあるかもしれねぇけど、あの公園のフェスのやつは一つだから」  二宮はテーブルに片手をついて「見れば分かるって」と続けた。  俺は嘆息した。
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