気紛れに優しく

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 笑顔の二宮に見送られ、バックヤードを後にした。薄暗い廊下に出ると会場の明かりがドアの隙間から細い筋となって漏れている。僅かに聞こえる参加者たちの話し声。  ——Yコーポレーションの成田です。 (成田、七瀬)  会場に居る彼女のことを思い出す。壁を背に澄まして立つ姿、そつの無い笑顔、グラスを持つ赤いネイルの指と、炭酸を飲む唇。  口元を彩る小さなホクロ。 (LINEぐらい交換すれば良かったか)  そんなこと考えてしまうようでは婚活女のことを笑えないなと苦笑しながら階段を駆け下りる。タタタッと軽い靴音に乗せるようにして、無意識の内に鼻歌を口ずさんでいた。 (何だっけ?)  良く耳にしている曲なのにどこで聞いたのか思い出せない。歌手もタイトルも。 (まあ良いか)  鼻歌を続けながら外に出る。日の落ちた大通りは週末の匂いがした。 了
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