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4 犬は、悪意に満ちていた
よう、犬だ。俺の飼い主の話を聞けよ。
俺の飼い主は、弱っちい人間だった。散歩もろくに出来なくて、たまに起きては俺が飯を食ってるところを、ぼんやり見てるだけだった。弱っちくて情けなくて、一人じゃ生きていけないんだろうなって、そんなヤツ。
でもって、それを証明するようにそいつは「一人は寂しい」が口癖だった。他の人間と関わる体力もないから、部屋にはいつも、俺とそいつしか居ない。
たまに俺の散歩についてくると言いだしたときは、俺はいつもの散歩コースには行けなくなるんだ。広い庭で、俺がうろうろ歩き回ってるのを、やっぱりぼんやりと眺めてるだけだった。
そんな弱いやつだったけど、見所もあったんだぜ。俺が雨の日に、外で一匹だったのを見つけて、家に連れて帰ると言いだしたのは他ならぬそいつだ。汚い犬だ、やめておけって親が言うのも聞かずに「絶対この子にする」ってよ。
そのときは俺も、弱っちくて情けない子犬だったから、そいつと同じで一匹じゃ生きていけなかった。きっと、そいつが見つけてくれなきゃのたれ死んでたろうよ。命の恩人、ってやつだな。
あと、そいつは弱っちいくせに、芯は曲げなくてな。決めたことは必ずやり遂げるヤツだったんだ。勉強とか運動とか、全然できなかったけど、やるって決めたら止まらないんだ。すごいだろ。
あんなに弱っちいのに、ずっとずっと時間をかけて、最後まで全部やってのけたんだ。苦しいのに弱音も吐かず、陽だまりみたいに笑って。……ああ、うん。弱かったけど、とってもあったかいヤツだったよ。
だからこれは、あいつの親が言ってたような、おとぎ話なんかじゃなくて、俺の意地なんだ。あいつの飼い犬だった俺のプライド。あいつは弱っちいから、誰かがそばに居てやんなきゃいけないだろ?寂しがらせないよう、皆があいつを埋めたところに、俺は居てやるんだ。
美談なんかじゃない。俺が今生きてんのは、あいつのためだけでいいから。陽だまりみたいだったあいつを、俺だけが今も独り占めしたいだけなんだ。
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