6 犬は、人間が嫌いだった

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6 犬は、人間が嫌いだった

 アタシ、犬です。人間が嫌いな犬です。  こっちを指さして追いかけ回す子どもとか、子犬の頃だけ可愛がって、大きくなったら要らないって言いだす人間とか大っ嫌い。だから、あの子のことだってきっとずっと、嫌いだったはずなの。  狭い檻から出してくれたことだけは感謝してる。ご飯とかおやつとか用意してくれたのもね。けど散歩の時についてくるのは嫌だったし、首に変なものつけられるのも嫌だった。なにより、アタシの一番嫌いな、痛い針を刺したり苦いものを食べさせようとする人間のところに連れて行くのはほんっとに我慢ならなかった!  だからね、いつかあの子に思いっきり噛みついて、そのまま逃げ出してやろうって思ってたの。成犬になった犬なんて、アンタも嫌いでしょってね。その日、その子が寝てるところに近づいて、顔とか首とか、飛びっきり痛いとこ噛んでやろうと思ったの。  ……でもね、できなかったの。無防備に寝てる顔見たら、一緒にいた時間のことばかり思い出しちゃって。人間がいじめてきた時間の方がずっと長かったはずなのに、そっちはいつの間にか、ぼやけて思い出せなくなってて。不思議でしょ?その子だって人間なのに。アタシに嫌な思いをさせる、人間のはずなのにね。  ……アタシ本当に、人間なんか大嫌いなのよ。今だってね。それなのに、あの子が痛くて飛び起きちゃうかなって思ったら、できなかったのよ。きっとびっくりして、何が起こったのって見回すでしょう。そうしてあの子が部屋の灯りをつけたら、アタシが居るの。あ、アタシがやったんだなって、ガッカリする顔を、見たくなかったの。  ……考えてみたら、あの子がドアを開けてくれなきゃ、アタシ外にも出られやしないの。だからもう、諦めることにしたんだけどね。
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