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大学を卒業するタイミングで藍は日本に戻る事になった。父親が過労で入院した事もあり祖父から頼まれたからだ。
3カ国話せる事が功を奏し就職には特段苦労しなかった。
まだ若い会社だが年功序列の古い制度でなく、実力主義で決まるところが気に入り今の会社に決めた。
社長もまだ40代と若く自由な風潮がアメリカにいた藍には合っていた。
アメリカは性的な事に対して自由な風土からか自分のマイノリティに関して割と皆がオープンだった。だから、藍をそういう対象として誘う男性もいたが、サラっとしていて笑って断るような軽い感じだったのもあり気も楽だった。
だが、日本はそうではない。
歩いていてもネットリとした視線を感じる機会が増え、電車で痴漢される事も多々あった。
1番困ったのは取引先の人に誘われる事だ。
それとなく断りを入れるが強引にくる人達もいて、仕事よりもそちらに神経を使う事が増えたのが悩みだった。
そんな時、カラッと晴れた空のような爽やかな空気を瀬奈が連れてきた。
瀬奈といると藍は自分がよく笑っている事に気づき気持ちが楽になっていく。
瀬奈の成長を見るのも楽しく、憂鬱だった取引先との会食も彼が一緒だと気負うことなく楽しめた。瀬奈はいつも藍の側にいて気遣ってくれるし何となくそういう視線に気づいていたのかスッと相手との間に入ってくれたりしていた。
「最近、ため息減ったんじゃない?」同期の永瀬真緒が微笑んで藍を見ている。
手には今日のスペシャルランチである白身魚のタルタルソース&唐揚げ定食を持ちそのまま藍の横に座った。
「細い体のどこにそんな量が入るの?」藍はお盆にパンパンに入った料理の数々を見て永瀬を見る。彼女はすでに唐揚げ一つを頬張り小さな口を必死に動かしている。
「今日は残業確定だからエネルギーチャージしないともたないの」永瀬はそう言って白身魚に手をかける。
藍の同期は2人。
1人は永瀬で秘書室勤務だ。
社長に振り回される毎日らしいが、サバサバした彼女の性格には合っていると思う。
彼女は帰国子女で4カ国を操る才女だ。
もう1人は男性でシステム課に所属している。藍達の会社のセキュリティは自社で開発したものでかなりの精度を誇る。
他社からも依頼される事が多く評判も高い。
その部署で一手に引き受けるマシンのような頭脳を持つのが同期である松本仁だ。
わずか18歳でアメリカの大学を卒業したと噂があるが性格が特殊で基本的に人と関わる事を嫌う。
おそらく部署内でも彼と話す人は限られており、松本は個人の部屋に籠るとほぼ出てこない。
藍や永瀬とはたまにだが話すし、永瀬が頑なに開催し続ける同期会には出てくるので人としての感情はあるようだ。永瀬曰く松本には血が通っていないらしいが。
「美輪、最近楽しそうだよね」ため息吐くの減ってるし。永瀬は嬉しそうに藍に言う。
「そうかな。そんなにため息ばっかりついてた?」藍は首を傾げる。
「最近は少し頻度減ったけど前まで酷かったじゃない。誘われたり告白されたり仕舞いには泣かれたりさ。その度に疲労して疲れ果てた美輪見てて可哀想だったもの。」永瀬はそう言いつつすでに皿の半分平らげている。
「ま、今も減ったとは言えちょくちょくあるんでしょう?」永瀬はお茶を飲みつつ藍に視線を向ける。
確かに頻度は減ったがそういう事は後を絶たない。けれど、社外での時は瀬奈が一緒なので気持ち的にも楽だし誘われる頻度も減ってきた。
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