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オフィスにある非常階段に男女が2人。 よくある光景を目の端に(とら)瀬奈涼(せなりょう)は溜息を吐き階段を降りる足を止める。 またか。 噂に聞くところだと今月はもうすでに3回目になるであろうその現場に出くわし、居心地悪く気配を消して壁に背をつける。 「部長、好きです。」 可愛らしい女性特有のワントーン高めのか細い声が非常階段の静けさの中に溶けて行く。 きっと彼女の方は緊張して、頬は赤く目は潤って相手を見つめているのだろう。 「気持ちは嬉しいけど、付き合っている人がいるので。ごめんね。」 そんな断りの常套句を並べて相手は断りをいれる。 「でも、ずっと好きだったんです。2番目ではダメですか?」か弱い声とは裏腹に諦められないのか尚も女性は食い下がる。 「ごめん。俺はその人以外は無理なんだ。 申し訳ないけど」 男性がそう言うとさすがに相手の女性も「分かりました」と告げて去って行く。 ヒールの音がどこか寂しげに響き、辺りは一気に静けさを取り戻した。 涼は階段を降り始める。 先程のシーンを見てしまったからなのか足取りがいつもよりも重たく感じる。 会社で仕事以外のもんを持ち込むなよ。 苛立ちが別のところから来ている事など分かりきっていたが、胸のイライラを抑える術もなく音を響かせて階段を降りた。 「お疲れ様です、美輪(みわ)部長。今月何回目ですか?」涼は階段を降りながら部長である美輪に声をかける。 「瀬奈」 そう涼を呼ぶ美輪藍(みわあい)は、瀬奈達が所属する営業企画室の部長だ。 名前に「美」が入っている通り見目麗しく男臭さは一切ないきめ細やかな肌と涼やかな目元が彼の爽やかさを際立たせている。 女性陣が隣に立つのを嫌がるほどに顔は小さく、パーツの相対比が黄金バランスだともっぱらの噂だ。 それに加えて178㎝の高身長にすらっとしたスタイル。しかも部長である。 こんなにハイレベルの男がいれば、女性の目が彼に集中しても仕方がないのかもしれない。
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