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ハプニング
瞬の行きつけの居酒屋『笑福』
瞬は、いつも座るカウンターの隅の席に腰を下ろし、少し前に雨の日の公園で会った男の子の事を思い出していた。
『あいつ、大丈夫かな…』
1度しか会ったことのない男の子の事が、瞬は気になっていた。
ボーっとグラスを見つめながら、男の子の事を思い出していると、カウンターの中に、奥にある厨房の方から現れた人の気配がした。
幼稚園の頃からの幼馴染で、店長のタケルだ。
「考え事かぁ?」
タケルの問いかけに、
「…ちょっとな」
と、答える瞬。
「なんだよ、まさか…女か?」
「違う」
「じゃあ何だよ」
「…少し前に会った子供の事だよ」
「ん?あ〜、男の子って言ってたっけ?…なんだよ、まだ気になるのかよ。…お前…、もしかして…惚れたか?」
ニヤッと笑うタケルを、瞬が睨むと、「おお、怖!」と言いながら、タケルは笑いながら逃げるように厨房へ戻っていった。
そんなタケルの後ろ姿を見ながら、あの小さな男の子の後ろ姿を見送った事を思い出した。
「俺、何で、こんなに気になるんだろうな…」
自分で自分が分からない。
なぜか、あの男の子の事が気にかかる。
温くなったビールを一気に飲み干す。
「タケル〜、おかわり」
カウンターの奥に、瞬が声を掛けると、
「呑みすぎるなよ」
と言いながらタケルが現れて、瞬の目の前にビールを置いた。
「おう」
と答えて、ビールを飲む瞬。
少しため息をついて、また物思いにふけようとした時に、誰かの手が瞬の肩に触れた。
『え?』
思わず後ろを振り返る瞬の唇に、何かが触れた。
『えっ?』
戸惑う瞬の目線の先には、酔っ払った雰囲気の女性の顔があった。
この女性が、よろけた拍子に瞬の肩にその女性の手が触れ、振り向いた瞬と顔を上げた女性の顔が近づき、唇が触れ合ってしまった。
その女性は、慌てた様子で瞬から離れ、瞬と触れた自分の唇に手を当て、
「ご、ごめんなさい!」
と言って、急いでお店を飛び出した。
これに驚いたのが、その女性と一緒に飲んでいた一人の女性。
突然の出来事を見ていなかったその女性は、一緒に呑んでいた女性が帰り際、突然カウンターのお客に謝り、お店を飛び出したため、事情が分からないその女性も、慌てて会計をしてお店を出ていった。
二人の女性が慌ただしく出ていく中、瞬はただ固まっていた。
少しして、我に返ると、目の前のタケルがニヤニヤとしていた。
「お前、女っ気ないし、良かったな、いい思いして」
そうタケルが冷やかした。
瞬は、ニヤけるタケルを軽く睨んで、ビールを一気に飲み干した。
ドキドキする鼓動と、唇に残る感触を忘れようとするかのように、この日の瞬は酔いつぶれるほど呑んでいた。
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