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思い出すこと
酔いつぶれても、介抱はしてくれなくても、お店の隅で寝かせてもらえるこの環境はありがたかった。
瞬が起きると、すでにタケルは起きていて、仕込みをしていた。
2代続く居酒屋。
昔は、『店なんか継ぐかよ』が口癖だったのに、ちゃんと調理師免許を取って、ちゃんと修行もしてきたタケル。
そんなタケルは、瞬の良き理解者だ。
「起きたか?そしたら、これ飲め」
そう言って、タケルが近くのテーブルに置いたのは、お椀に入った豆腐の味噌汁。
温かい味噌汁は、体を優しく労ってくれる。
「悪かったな」
瞬がタケルに声を掛けると、
「まぁ、いつものことだからな。気を付けて帰れよ」
笑って答えた後、タケルは仕込みの続きに取り掛かっていた。
店を出た瞬。
外はもう明るかった。
少し歩くと、目の前には、あの男の子と会った公園がある。
あれから一ヶ月が過ぎようとしているのに、なかなか偶然には会えない。
『俺…、あの子供に会いたいのか…?』
思わず自問自答するけれど、答えは出てこなかった。
過去を忘れようとするかのように、公園を見ないようにして歩き出す。
この公園通りを横切ると、しばらくすると瞬の住むアパートがある。
そして、居酒屋笑福の公園を挟んで反対側には、瞬の働く職場がある。
瞬は、毎日のようにアパートから職場に向かい、そして仕事の後は笑福へ行く、という生活がここ数年定着していた。
男の子と会ったのは、仕事の後、公園を横切り笑福へ向かう途中だった。
だからなのか、公園を横切るたびに、あの出会いを思い出していた。
『会えるかな…』
気になる気持ちが大きくなって、会いたくなっている自分にも気づく。
あの子の俯いた顔、真剣な顔、笑った顔、忘れられない。
気持ちを切り替えるかのように、瞬は立ち止まり、目を閉じて朝日を浴びた。
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