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職場
アパートから歩いて10分の所にあるのが、瞬の働く高木モータース。
父親の高木学が社長のこの職場は、父親と同じくらいの年のベテランの菅隆太と、瞬より少し年上で先輩の川野真司と、山本卓也と瞬の5人で働いている。
瞬が働き出した10年前には、他の社員はすでにこの会社で働いていて、小さい頃からこの職場に遊びに来ていた瞬は、仕事も人間関係も苦労することは無かった。
一つあるとすれば、出会いがなかった。
以前、卓也から紹介された相手がいたけれど、初めて会った日には、すでに両親に話が伝わっていて、瞬は嫌な気分になった事があった。
だからといって、他で出会いを求めるほど、誰かを想いたい訳では無かった瞬は、同じ様な毎日を、ここ10年過ごしていた。
だからだろう、あの男の子が気になったのは…。
瞬は、そう思っていた。
朝、会社の玄関から入って、従業員の更衣室に入る。
会社の裏手に繋がる実家には、昔から使っている瞬の部屋があるけれど、瞬は、夕飯以外に実家へ行く事は殆ど無かった。
職場には、作業をする社長の父親の姿がある。
母親の由実も受付にいつも居て、会計の仕事も兼務していて、毎日会社の事務所にいる。
だからこそ、仕事の後はすぐにアパートに戻るか、笑福に行くようにしていた。
その一番の理由は…。
「あら、真司くんの子供、可愛いわねぇ」
真司の携帯電話の中の写真を眺めながら母親の由美が声を上げる。
時折、職場の皆と集まって夕食を食べる。
その時の、いつもの光景。
そう、決まって次の声は、
「私が孫を抱けるのはいつになるのかしら」
と、ちらっと瞬を見る由美。
そんな由美の態度に、無言の父親の学。
菅や卓也は、いつも苦笑いだ。
「卓也くんだってまだだろ」
そう反論すると、決まって、
「よその子はいいのよ。私の孫の話よ」
と、答えが返ってくる。
ため息を付くと、真司が瞬を慰めるようにその肩を優しく叩く。
「まぁまぁ、由美ちゃん、焦らせない方がいいぞ」
菅のフォローでいつもこの会話は終わる。
平和だけれど、母親からの結婚への圧力が強くて、瞬にとって時々あるこの時間は、少し窮屈な気持ちに駆られていた。
窮屈な時間もあるけれど、穏やかな日々が過ぎていった。
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