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再会
部品の配送チェックのため、いつもより1時間早めの出勤日。
眠たい目を擦りながら、住んでいるアパートの玄関ドアの鍵を閉めた。
「あ!」
と、隣の部屋の玄関の方から、子供の声がした。
振り向こうとした時、ドンとなにかに飛び付かれた。
視線を下ろすと、腰の周りに抱きつく子供の姿が見えた。
「ん?公園の子か?」
瞬がそう問い掛けると、
「そうだよ!そうだよ!会えたよ!会えた!」
と、すごく嬉しそうな男の子の声が廊下に響いた。
「え?す、すみません、うちの子が…」
と、慌てた声の方に目を向けると、
「え?」
「あっ、」
前に笑福で唇が触れた女性が目の前にいた。
「え?あっ、えっと、すみません」
と、頭を下げる女性。
瞬は驚きのあまり、言葉が出てこなかった。
女性は逃げるかのように、男の子を瞬から離れさせて連れて行こうとしたけれど、
「嫌だ!僕、お兄ちゃんといる!」
と、男の子が泣いて叫んだ。
男の子の中では、瞬は特別な人だった。
初めて心の中のモヤモヤを話せた人。
ずっと、ずっと、会いたかった人。
公園で会ったことを知らないその女性は、子供が泣いて離れたがらない事に困惑した。
男の子は、普段ワガママを言わない子だったから。
泣き止まない男の子に、困った様子の女性を見かねて、瞬が座り込み男の子の目線に合わせる。
「俺も会いたかったよ。けど、学校だろ?俺も仕事だ。だからさ、学校の後会いに来いよ」
そう言いながら、瞬は男の子の頭をなでた。
「…ここで待てばいい?」
そう聞かれた瞬は、少し考えて、
「待ち合わせ何時にする?5時頃なら、この近くで俺働いてるから、そっちで待ち合わせてご飯でも食べに行くか?」
そう問いかけた瞬に、男の子は飛び跳ねて喜んだ。
この姿を見て、
「じゃあ、5時にこの先のコンビニの横の高木モータースって所で。…いいかな?」
そう言って、女性を見ると、その女性も頷いていた。
その女性に、
「俺の名前は高木瞬。俺の親も一緒に働いてる所だから、会社の玄関から入ってきてくれて大丈夫だからね」
そう言って、その女性に名刺を差し出す。
「わからなかったら、近くの店でこの名刺を渡して聞いて。この近所の人は、だいたい皆うちのこと知ってるからさ」
瞬がそう言って笑うと、男の子は嬉しそうに笑顔を見せた。
「あの…、ありがとうございます。私は、今田綾菜という名前で、こっちは息子の大樹です。よろしくお願いします」
そう言って、綾菜は頭を下げた。
「綾菜さんと大樹ね。よろしくな」
と、優しく瞬が大樹を見つめると、大樹はまた嬉しそうに瞬に飛び付いた。
瞬は、飛び付いてきた大樹の背中を撫でると、
「じゃあ、ちゃんと学校行けよ。後でな」
そう声を掛けた。
大樹は嬉しそうに頷いた後、アパートから歩き出した。
何度も何度も振り返る大樹の腕を引っ張りながら、申し訳無さそうに時々頭を下げて歩く綾菜の姿が遠ざかる。
その姿を少しだけ見送って、瞬は仕事場へと急いだ。
いつもなら、早い時間の出勤時は、眠そうな姿をしている瞬が、今日は鼻歌を歌っていた。
その姿を、父親の学を含め、皆が不思議そうに眺めていた。
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