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高木家
夕方5時の高木モータース。
少し早めに仕事を終えて、従業員が居ない事務所内では、由美が会計の仕事のため残っていた。
そこに、綾菜と大樹が現れた。
初めて見る顔のお客さんに、母親の由美が愛想の良い笑顔で出迎える。
「いらっしゃいませ〜」
その明るい声に、少し緊張した様子で綾菜が答えた。
「すみません、あの…、高木瞬さんは、いらっしゃいますか?」
「高木、瞬ですか?…居ますけど…、瞬のお知り合い?」
「はい。私、今田綾菜と申します。瞬さんには、息子が公園でお世話になったようで…、あと、アパートもお隣の部屋で…」
緊張した様子で一生懸命話す綾菜が、由実は可愛らしく思えた。
視線を下げて、男の子を見つめた。
男の子と同じ目線になるように座り、由実は声をかけた。
「おばちゃんは、瞬のお母さんです。こんばんは」
そう伝えると、男の子は、
「僕は今田大樹です。お兄ちゃんに会いたくて来ました」
と、少し緊張した様子で答えた。
その男の子の声が可愛らしく、由実は顔を綻ばせた。
「瞬と出掛けるのかしら?」
しゃがんだ姿勢で綾菜を見上げて問いかけた。
「夕ご飯を食べに行く約束をしてまして…」
と、話していいのか分からないけど、答えないと…という気持ちで、少し小さな声で答えた綾菜。
「あら、じゃあ…、」
と、由美が少し考えながら、キョロキョロと誰かを探した。
「あっ、お父さん!」
そう言って、作業場から現れた学を呼んだ。
寡黙そうな学が近づいてくるのを、更に緊張した面持ちで見つめる綾菜と大樹。
近づいてきた学に、
「お父さん!こちら、瞬の知り合いみたいなのよ。夕飯、家で食べてもらうから、お父さん、そこのお店でケーキ買ってきて」
と話し、大樹に向かって、
「大樹くん、好きなケーキある?おじちゃんと買いに行く??」
と、問いかけた。
大樹は学を見上げた。
ちょっと怖そうなおじさんだなって思ったけど、よく見ると瞬に似ているその雰囲気が、大樹は苦手な人だとは思わなかった。
「うん。ぼく、おじちゃんと買いに行く」
そう言って、学の手を握った。
大樹のその行動に戸惑ったのは学だ。
いつも子供が怖がって、自分を避けていく姿しか見たことがなかった。
無邪気に手を握ってきた大樹が、可愛く思えた。
そんな由美と学、そして大樹に戸惑う綾菜だけれど、断わる雰囲気ではなく、ただオロオロとその話の流れの結末を見守っていた。
「名前は、大樹君だったよな?じいじと行くか?」
学が大樹に声を掛けると、大樹は笑顔を見せて頷いた。
手を繋いで歩く学と大樹の後を、綾菜が着いていこうとすると、
「近くだから、あの二人は大丈夫よ。今日は早く作業を終える日でね、他の従業員はもう帰ってしまってるの。だからここに来るのは瞬だけだから、そこのソファで寛いでて。私は皆の夕飯の準備をしてくるわ」
そう言って、由実は嬉しそうに鼻歌を歌いながら建物の奥へと歩いていった。
その後ろ姿を見つめながら、
「え…?夕飯…、ここで、食べる…の…?どうしよう…」
ソファで寛ぐのもためらい、綾菜は、ソファのそばに立ち尽くしていた。
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