高木家

2/2
前へ
/40ページ
次へ
 しばらくして、更衣室から瞬が現れた。  シャワーを浴びたのか、髪の毛が少し濡れている。  その姿に、綾菜はドキッとした。  思わず、笑福で唇が当たってしまった時の、近付いた瞬の顔を思い出してしまった。  少し鼓動の早い胸を落ち着けるかのように深呼吸をする。  瞬をチラッと見ると、キョロキョロしていた。 「待たせてごめん!あれ?大樹は?」  見当たらない大樹を探す瞬。 「えっと…、お父様と一緒にケーキを買いに…」  と、綾菜が言いづらそうに答えると、 「はあ?あの親父が、子供とケーキ?」  と、驚く瞬。  普段の父親の学は寡黙な人で、親戚の子供も近づかない事で有名な父親だ。  息子の瞬も遊んでもらった記憶がないくらい、子供に関心のない人だと思っていた。  なのに、…なぜ? 「お母様が行ってきたらって、おっしゃってくれて…」  と、綾菜が答えると、瞬は思わず頭を抱えた。 「あぁ…、悪い。お袋…、まだこっちに居たのかよ…。大丈夫だった?」  瞬が綾菜を心配そうに見つめた。  綾菜はドキドキして、その視線を見つめ返せず視線を落とした。 「大丈夫だったんですけど、夕飯はお母様が今用意してくださってて…」  と、また綾菜が言いづらそうに伝えると、 「まじか…、ホント、ごめん。5時頃って、お袋家の方にいつも帰ってるからさ、まさかこっちに居るとは思わなくて…」  と、申し訳無さそうな瞬。  綾菜が右手を胸の前で左右に振って、 「いいえ、お母様に気を使わせてしまったようで、申し訳ないです。見ず知らずなのに…」  と、答えると、 「いや…、俺が女の人連れてきたから気になって呼び止めたんだよ…」  と、落ち込んだ様な雰囲気の瞬に、 「え?それなら、余計にごめんなさい。どうしましょう…。一緒にご飯を食べるって言ってしまいました…。そんな仲じゃないのに、誤解させてしまったんじゃ…」  と、心配そうな綾菜。  不安げな綾菜の顔を見て、 「まぁ、最近親しくなったってのは、間違いないし、あの親には言い訳しても無理だから、気にしないでご飯食べるか」  そう言って笑う瞬に、少し緊張がほぐれた綾菜は微笑んだ。  微笑むと可愛らしさが増す綾菜に、瞬は胸が高鳴った。 『うわぁ…、マジ可愛いかも…』  心の中で呟く。 『いや、待て。彼女は大樹の母親だ』  少し冷静になる自分もいた。 『だけど…』 落ち着かない様子で時折玄関を見て、大樹と学が帰ってくるのを待つ綾菜を見ながら、瞬は考えていた。 『離婚…したんだよな、きっと。だったら…いいのか…?』 頭の中で、このまま関係を築いていきたい気持ちがある事に改めて気付いた。 『とにかく、今日だよな…』  これから始まる夕飯の時間が、ハラハラするような不安と期待が入り交じる気持ちのまま、瞬は学と大樹の帰りを待っていた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加