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出会い
夕方5時のチャイムが響く公園。
高木瞬は、酷くなり始めた雨を避けようと、屋根のあるベンチへ走った。
そこには、先客が居た。
黒いランドセルを背負った男の子。
まだ傷一つ無さそうな綺麗なランドセル。
その子は、下を向いてベンチに座っていた。
瞬は、その子の座るベンチの横の、隣のベンチに腰を下ろした。
頭から滴り落ちる雨の雫を、服の袖で拭う。
『タオル…持ってくればよかったな…』
頭の中で、そうぼやいた。
「…おじちゃん、これ使う?」
そう話す男の子が聞こえた。
男の子の方に目をやると、青い無地のタオルを瞬に差し出していた。
「いや、いいよ」
とっさに断わる瞬。
「そう…」
そう言って男の子は、渡そうとしていたタオルを両手で握りしめて、また下を向いしまった。
瞬は、下を向いたその男の子の様子が気になった。
瞬には、少し元気がなさそうに見えたのだ。
「…お兄ちゃんって言ってくれたら、借りたいな」
瞬が声を掛けると、男の子はきょとんとした顔で、瞬の顔を見上げた。
その見上げてきた顔を見て、ニヤリと瞬が笑うと、男の子は嬉しそうな顔になり、
「お兄ちゃん、どうぞ!」
と言って、瞬にタオルを差し出した。
「ありがとな」
そう言って、タオルを借りる瞬。
雨は、しばらく止まなかった。
ベンチから立ち、止まない雨空を見上げて、瞬は溜息をついた。
「雨、やまないな…。お前、傘は?」
瞬が問いかけると、その男の子は、おもむろにランドセルから折り畳みの傘を取り出した。
瞬は、その折りたたみ傘をじっと見つめた。
「…お前、雨宿りしてたんじゃなかったのか?」
思わず問い掛ける瞬。
「…一人で考えたかったんだ」
そう言って、男の子は下を向いた。
「お前…、何年生だ?」
「ぼく…?ちょっと前に一年生になったよ」
「は?その年で、こんなに人気の無い所で、何を考えるんだよ」
「…んとね、」
そこまで言葉の掛け合いをした男の子が、言葉を選ぶように、言いづらそうに、話を続けた。
「…えっとね、ぼく…、ぼく…、…いらない子なのかなって、…ね」
男の子のその言葉に、瞬は少し胸が苦しくなる感覚がした。
「…誰かに言われたのか?」
瞬の頭の中に、親の虐待という言葉が頭の中に浮かんだ。
「パパがね、ママに言ってたの。僕が寝てると思って…。」
ベンチに座り、両足を交互にユラユラさせながら、揺れるその自分の足を見つめて、小さな声で話す男の子。
雨の音にかき消されないよう、瞬は少し近づいて、その子の声に耳を傾けた。
「今はね、ママと二人なんだ。…淋しくないよ。淋しくないけど、ママがね、時々僕が寝た後泣いてるの。僕ね…、一生懸命寝てるフリをするんだけど、ママが泣くと僕も涙が出ちゃって、隠すのが大変なんだぁ…」
そこまで話した男の子が、顔を上げて真剣な顔で瞬を見つめた。
「ママが泣かないようにしたいの。僕、どうしたらいいかな…」
瞬は、言葉が出なかった。
なんと声をかければ正解なのか、分からなかった。
そっと男の子の頭に手を置く。
「お前のママが何で泣くか分からないから、泣き止ます方法は分からないけど、ママが幸せに思える方法は、もしかしたら分かるかも…」
そう言った後、
「お前が心から幸せだって思うことが、一番ママは嬉しいと思うぞ」
そう言って瞬は微笑んだ。
「お前が、ちゃんとご飯を食べて、たくさん遊んで勉強もして、たくさん笑顔を見せて、ママを元気にしてあげな」
瞬のその言葉に、男の子は少し笑顔を見せた。
「お兄ちゃんと話せて良かった。誰にも言えなくて、ずっと一人で考えてたから…。ありがとね」
男の子のその言葉に、瞬も嬉しくなり笑顔を見せた。
「また会える?」
「さあな」
「お兄ちゃんのお名前は?」
「今度会えたら教えてやるよ」
「わかった!絶対会おうね!」
少し小降りになった雨の中、折りたたみ傘を広げたランドセル姿の男の子が、瞬に大きく手を降ってベンチを後にした。
『頑張れよ』
届かない、祈りのような願いを心の中で思いながら、男の子が遠くなるまで見つめ続けた。
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