未知の道ゆく

3/6
前へ
/16ページ
次へ
「……もうすぐ駐車場だ。星も出てきた。北極星の高い、ひきしまった北の空だ。おれはあれの下を、ずっとまっすぐクルマを飛ばして町に帰る……。 今日この山でおれと出会ったきみは、のびのびと心を解き放ったおれしか見てないけど、こんな爽快で軽躁(ヒポマニー)的になった、いいや、なれた姿は、実に一年のうちでもほんの数日のことだったのさ。束の間の幻と大差のないものなんだ。 ふだんの人波のなかのおれはさ、いつも何かを耐え忍んでるよ。まったく笑えない時に笑うし、泣きたい時にもやっぱり笑ってしまうんだ。永遠にくりかえすものらしい理不尽の波を、おれが無理を押してでも受け止めるのをやめてしまったら、たくさんの人間が困ってしまう。そこには絶対に困らせるわけにはいかない人たちもいてな。だからぼくはもう、自分というものをほとんど手放しているんだ。自分を何かほかのもので埋め尽くしてる。仕方がないさ。社会におけるぼく自身と、その人たちの心や暮らしを守るためには。でも可笑しいよな。手放しちゃった時点でもう守るべきものだって、守りたかった元のかたちじゃないのに。そもそもぼくはそんな生きている矛盾なんだよ、このぼくって奴は……。ああいけね。もう一人称も、ぼくになってら。風にかすかに、町のにおいを感じたせいだ。重苦しい話を聞かせてごめんよ。おい、そんなやさしい顔で振り返ってくれるなよ! 今のは卑怯な人間の言い訳だと思いなよ。 ……もうすぐ駐車場だ。もうすぐお別れだな。マーゴ……」
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加