未知の道ゆく

4/6
前へ
/16ページ
次へ
「さて、これがおれのクルマだ……。はああああ……、ふうううう! ため息しか出ない……。 ところでマーゴ。おれはさっき、きみを手離した飼い主のことを、すごく無慈悲で無責任な奴のように想像して、悪く言ってしまったな。でも、あれからここまで歩きながら考えてるうちに……、つまりはその、おれにもきみとのお別れが迫るなかで考えてるうちに……、どうも、ほんとにそんな人物だったんだろうかと、疑わしくなってきたんだ。ほんとうに無慈悲な人間は、きみの首輪にわざわざ『ひろってください』とは書かないはずだし、きみがいい飼い主の元で幸せに育ったってことは、ようするにきみのその性格そのものが証明してないだろうか? にもかかわらず、どうにもならない、何らかの事情で、きみはその人と離れてしまったんだ。そう思えてきた。なあどうなんだい? ほんとうのところは……。 おれは仕事柄、独居や夫婦二人暮らしのお年寄りをよく知ってるけど、なかには一匹の犬や猫のことを、よっぽどご自身の命よりも大事にしてる人がある。九十くらいのおばあさんが、たぶん十歳以上はいってるだろうな、ぽやっとした色の柴犬とふたりで、とても静かに、おだやかに暮らしてたりする。経済的には豊かじゃなくても、うらやましいくらい仲良く、のんびりとな。 でもやっぱり、だれだって不死身じゃない……。おれがあのおばあさんの立場だとして、もしも、ある日突然、自分が愛犬を残して逝かなければならなくなったとき、最後のなけなしの力ですることは、やっぱり首輪に『ひろってください』と書くことのような気がするんだ……。ああもう、なんだなんだ! 何を言ってるんだか、自分でも分からなくなってきた! ちくしょう、混乱してる。 それじゃあな! マーゴ。とにかくおれはもう帰らないと。そうそう。世間もそんなにつめたいだけじゃないって、言いたかったんだ。うん。きみは誰からも絶対に好かれる犬だから、この山に入ってきた人間に、かたっぱしから声を掛けるんだぞ。じゃあな! お互いがんばって生きようや。じゃあな! じゃあな!――」
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加