第一話 変性

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 拓眞の自宅にはエプロン姿の陽菜がいた。調理をするからだろう、陽菜の長い髪は後頭部で束ねられ、ポニーテールになっていた。彼女が動くたびに犬のしっぽのように髪の束がふわふわと揺れる。控えめに言って可愛いと言わざるを得ないのが癪だった。 「俺さあ、今日はのんびりする日って決めてたんだけど」 「たっくんは割といつものんびりしてない?」  「たっくん」とは拓眞のあだ名のことだ。陽菜を始めとした桃瀬家だけが昔からずっとそう呼んでいる。 「失礼な。平日はめっちゃ実験して論文書いているぞ」 「そうだね、偉い偉い」  そう言って陽菜は拓眞の頭を撫でようとしてくる。拓眞はそれを軽く払い除けると、陽菜と距離を取った。 「それにしたって昨日うどんが食べられなかったからそんな性急な」 「たっくんは分かってない! 私にとっておうどんがカレーに浸けられることはとても悲しいことなんだよ。そう、例えるなら盛岡冷麺のスイカのような!」 「例え分かりづらいな」 「酢豚にパイナップルのような!」 「ちょっと分かった」  頷いた拓眞に納得したのか、陽菜が笑顔で取り出したのは小麦粉だ。 「でも、まさか小麦粉から作るとは。普通にスーパーの出来合いのでいいだろ」 「私の食辞典に妥協の二文字はないのです。工程を説明するよ。まず、中力粉と塩水を混ぜて捏ねます! ビニールに入れて踏んで捏ねるよ! 熟成させて、切ったら出来上がり!」 「えらく本格的だな」  拓眞も陽菜も今のこの状況を受け入れているが、他人が見たら思わずこう言ってしまうだろう。「え、ふたり付き合ってたの?」と。だが、残念ながらふたりの関係はいわゆる恋人というものではない。最も当てはまるのが友人、もう少し踏み込めば幼馴染といったところだろう。  陽菜と拓眞は共に埼玉出身だが、その出身地は市町村まで一致する。同じ学区で、同じ小中高に進学し、果ては大学まで一緒なのだ。もはや腐れ縁と言ってもいいだろう。ふたりにとってお互いはかけがえのない存在なのは間違いなく、こうしてお互いのプライベートを侵害しない範囲で交友を続けているのだ。 「めっちゃ俺のプライベート侵害されてるけど……」 「ん? たっくん何か言った?」 「いや何でもないよ」  小麦粉を計量している陽菜が拓眞を振り返る。
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