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「何でも好きなものを頼めばいい」
仙台市街が一望できるビルの最上階のレストランで、陽菜は尚央と共にテーブルについていた。店内を流れるピアノの生演奏は耳に心地いい。
「こんな素敵なところ、初めて来たよ」
陽菜の小さな顔をキャンドルの優しい光が照らす。
「私、場違いじゃないかな……」
陽菜は辺りを見回し、尚央に心配そうに尋ねた。
「君は美しい。それにその服もよく似合っている。何も問題はない」
陽菜が身に着けているワンピースドレスは尚央が先程見繕ったものだ。
「そうかな」
「ああ。僕の横に立つのに相応しい」
「尚央くんってそんな高貴キャラだっけ」
「僕のことはこれからよく知っていってくれればいい。何と言っても僕達は交際関係にあるのだから」
「うん、そうだね」
陽菜と尚央は正式に恋人関係となった。それは、陽菜が拓眞を振った直後のことだった。
「身体の調子はどうだ」
「うん、本当に毒が抜けたみたい。思うように身体が動くって本当に嬉しいね」
「ああ、そうだな。僕も君が自由に動けるようになって本当に良かったと思っている」
「うん、本当にありがとう」
陽菜の両親は突如現れた尚央の存在に驚きを隠せない様子だったが、陽菜が望むなら、と、尚央との関係を認めてくれた。
陽菜はメニューに視線を落とす。
「本当にいいの、払ってもらっちゃって」
「ああ、快気祝いだ」
「その、慣れてなくて……。これ値段が書いてないよ……」
「値段は気にしなくていい」
尚央は首を横に振った。
「金ならある」
「でも……」
「僕達は恋人だ。それに、ゆくゆくはその関係性をさらに更新するだろう。そうなったら、どちらが金を払っても同じことだ」
「うん、分かったよ」
尚央がそう言うなら。陽菜は全てを呑み込んだ。
「あ、これ……鬼灯(ほおずき)のカクテルだって。鬼灯って食べられるのかな」
鬼灯といえば、野草の一種だと思っていた。確かに、ミニトマトのような果実が薄く赤い六角状の萼(がく)に覆われており、見た目にも楽しい植物だが、食べられるとは知らなかった。
「日本在来の鬼灯は食用には向かない。むしろ毒があり、特に妊婦が食べると流産の危険がある」
「へえ、物知りだね。ということはこれは海外産の鬼灯かな。興味あるな。頼んでもいい?」
陽菜の目が輝き出す。彼女は珍しい食べ物に目がない。
「恐らくそうだろう。だが、そんなものはやめておけ。もっと美味しいものは山ほどある。酒なら貴腐ワインはどうだ」
「それもいいけど、私は鬼灯が……」
尚央は陽菜の言葉に顔をしかめた。
「勝者には勝者に相応しい物がある。食べ物もまた然りだ」
「勝者……?」
「こっちの話だ。とにかく、そういう低俗なものではなく、きちんとした物を頼んだ方がいい。メニューは僕が決めよう」
「あ……」
陽菜の手から尚央はメニューを取り上げる。そして、店員を呼ぶと、てきぱきと高級そうな料理を頼んでいく。
「美味しい物を食べて一流になろう。そうすれば、また新しい世界が開ける」
尚央は名残惜しそうな陽菜を見てそう言った。
「……うん、そうだよね」
陽菜は笑う。
愛する者の言葉だ。大切にしなければ。
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