第三話 シャペロン

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 だが、気掛かりはあった。  それはシャペロンの存在だった。尚央のシャペロンであるマオウ。彼女の力はまさに超常だった。何と言っても幻想世界とやらの出身なのだ。だが、そんなマオウすら尚央は手玉に取ってみせた。彼女の用意したマンドラゴラの根の薬効のみを得たのだ。きっと悔しがっていることだろう。だが、そんなマオウが姿を消した。そこに尚央は不穏なものを感じていた。  マオウの目的は人類を滅ぼすこと。一介の学生に魔法の力を与えることが人類滅亡と何の因果があるのかは分からなかったが、推論は立てられた。  直接、マオウが手を下すのではなく、わざわざ回りくどい方法を取ったことから、マオウにも制約があることが窺える。制約とはすなわちマオウの敵対者だ。マオウとその敵対者が直接戦うのではなく、あくまで尚央を使って戦争を行っている。いわば代理戦争だ。 (まるでチェス盤のポーンだな)  マオウはそのチェスで恐らく敵対者に負けた。だから姿を消したのだ。 (僕——チェスのポーンに打ち取られたのがまさかプレイヤー自身だとは想像もしていなかっただろうな)  マオウは負けた。すなわち、敵対者は勝った。 (マオウの目的が人類の滅亡なら、敵対者の目的は人類の繁栄だろう。ならば、敵対者が僕達に危害を加えてくることはないだろうが)  油断はならない。 (僕がマオウのポーンならば、敵対者のポーンは間違いなく、栗生だ)  そして、こちらが超常の力を使うならば、敵対者も超常の力を使うのが筋だ。  そこまで読んだうえで、尚央は拓眞を煽った。拓眞が敵対者のポーンとなれるよう、陽菜との関係を進めるように促したのだ。拓眞が敵対者のポーンとなれば、拓眞は超常の力を使うだろう。だが、拓眞を自陣に引き入れれば、その超常の力は尚央のものだ。 (マオウがどうなったのか、それだけが気掛かりだ。マオウがまた新たな手駒を手に入れようと動いていたとしたら……打てる手は打っておく必要があるな)  尚央はふと陽菜を見遣る。彼女は窓の外の風景を見つめていた。まるで陶器の人形のように繊細で美しい。 「どうかしたか」 「ううん。どうもしてないよ。夜景がきれいだなって」 「ああ……」  尚央もつられて窓の外の風景を見る。宵闇に街の明かりが瞬く。ただそれだけなのに、人はそれを美しいと感じる。美しいものには価値が付く。人も同じだ。陽菜もまた、とても高い価値が付く。そして、それを手に入れた者には、最も高い値が付けられる。 「仙台市の夜景も百万ドルの夜景って言われることがあるらしいよ」 「百万ドル。夜景を構成する明かりの電気代のことか」 「うん。夜景にはそうやって具体的な値段が付けられるんだね。でも、価値があるから人は美しいと感じるのか、美しいと感じるから価値が付くのか。もはやどっちだか分からないね」 「価値とは相対的なものだ。もしこの世に僕しかいなかったら、価値観なんて言葉は生まれなかっただろうな」 「うん。きっと争いもなくて、勝ち負けもなくて、素敵な世界だよ」 「だが、争いがなければ人は発展しない。勝ち負けがあるから人類は進化してきたんだ」 「確かにそうだね。過酷な生存競争を生き抜いた者だけが次のステップに進めるんだね」 「その通りだ。僕は勝者になりたい。絶対に勝ち取りたいものがあるんだ」 「私はそれを応援すればいいんだね」 「ああ」  尚央は頷いた。 「それが君の役目だ」  陽菜は尚央の目を見つめて尋ねる。 「そうまでして尚央くんが勝ち取りたいものってことは、相当価値のあるものなんだろうね。きっと、とっても綺麗なんだろうな」  美しいから価値があるのか、価値があるから美しいのか。 「ああ、いつか君にも見せるよ」  デザートが運ばれてきた。  これから陽菜は、両親と一緒に過ごすらしい。久し振りに病院の外で一緒に過ごせることを陽菜達はとても喜んでいた。そういった時間もきっと何物にも代えがたい価値のあるものなのだろう。 「うん、楽しみにしておくね」  陽菜の屈託のない笑顔を尚央は見返した。彼女の嘘偽りのない愛情を感じる。尚央が勝ち得たものだ。それを使って尚央はさらに勝ち続けるのだ。
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