36人が本棚に入れています
本棚に追加
陽菜は悪戯っぽく笑う。その笑顔に思わず心臓を震わされた拓眞は目を逸らす。陽菜の自然な笑顔は油断ならない。ただの幼馴染に過ぎない拓眞ですら、ぐっと来るものがあることは否めない。
「でも、彼氏かあ。今はいいかな。もうすぐ大学院生だし、勉強に集中しないと」
「真面目か」
「あはは。確かに本当の理由は違うかも。私、怖いんだ。私はみんなからおひな様なんて呼ばれていてそれを不本意に思ってる。でも、おひな様はみんなから愛されて嫌われることもないの。私はそれに心底安心しているんだよ」
陽菜は決して自惚れているわけではない。彼女はその美貌を保つために、時間をかけて念入りに手入れをしているし、長い髪が傷まないように高いシャンプーを使い、ドライヤーを念入りにかけている。日焼け対策は万全だし、ファッションセンスも並外れている。それでいて成績優秀というのだから、まさに完璧なのだろう。拓眞もせめて怠けないようにはしようと勉学や運動には力を入れているつもりだが、陽菜の努力には決して敵わない。
「例え陽菜が誰と懇意になろうとみんな受け入れてくれると思うんだけどな」
「そんなことないよ」
冷たい声だった。思わず、拓眞の背筋が伸びる。一瞬だけだったが、陽菜の顔が苦悶に歪んだように見えた。拓眞にはその理由が分からなかった。幼馴染だが、まだ陽菜の知らない面はある。
「えっと……」
陽菜はこれ以上この話題を続けるつもりはないようだった。拓眞の足の下の生地を見ると、陽菜はいつものように朗らかな微笑みを浮かべた。
「うん、もう十分だね。後はそれをしばらく熟成させて」
陽菜の言葉に生地から足をどかす。
「その間これでも食べない?」
「また変なの持って来ただろ」
陽菜が自分のバッグから取り出したのは細長い白い箱だ。
「ふっふー、今回はきっと美味しいよ。何と言っても高級食材ですから」
「嫌な予感しかしない」
「じゃーん、蜂(はち)の子の甘露煮です!」
陽菜が白い箱から抜き出したのは瓶詰だ。そして、その中には白く細長い幼虫がたくさん入っていた。白いものの中には蛹(さなぎ)や成虫(つまり蜂そのものだ)も混ざっている。ぞわわっと拓眞の腕に鳥肌が立った。
「うふふー、手に入れるの苦労したんだから」
陽菜は嬉々として喜んでいるが、拓眞は生きた心地がしない。
最初のコメントを投稿しよう!