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「さ、後は切るだけだね。お湯を沸かしてくれる?」
がばっと陽菜は身を起こすとそう言った。
「おう」
「うどん茹でる用とお出汁取る用だからね」
陽菜はてきぱきと拓眞のキッチンで作業をしている。どこに何が収納されているのか陽菜は全て理解しており、それだけ頻繁に彼女が拓眞の家を往来していることが分かった。トントンと一定のリズムで繰り返される包丁の音からは、陽菜が料理に慣れていることが窺える。そんな様子を横目で見ながら拓眞は思う。
(何だか新婚夫婦みたいだ)
普通、好きでもない者の家に料理を作りには来ない。いくら蜂の子や手作りのうどんが食べたいからと言っても、だ。
(おっと、バカなことを考えるもんじゃない)
じっと陽菜を見つめていたのに気付いたのか、陽菜は拓眞を見てふにゃりと笑った。外では見せることのない気の抜けた笑みだ。取り敢えず、拓眞は無視することにした。
(俺が本気で手を出さないと思っているんだろうか)
そこまで考えて拓眞は真顔で肩を竦めた。
(思ってるんだろうなあ)
もう陽菜とは腐れ縁なのだ。小さい頃からお互いを知っており、もはや兄妹のような関係に思われているのかもしれない。
(まあ、穏やかでいいことだけど)
正直、陽菜といることは心地よい。お互い気心の知れた仲というのは貴重なのだ。特にここは故郷から遠く離れた地だ。そんな場所で安らげる空間があると言うのはありがたいのかもしれない。
(できることなら壊したくない。陽菜がおひな様をやめることを怖がっているように、俺もまた、今の関係を失うのが怖い)
だから、なおさらふたりの関係がバレるのは回避したい。安寧を守りたい。
「あ、お湯、沸いたね」
陽菜は沸いた鍋にかつお節と煮干と昆布を入れていく。灰汁(あく)を取りつつしばらく煮詰め、もうひとつの鍋にうどんを二人前投入する。割と太めの麺だ。茹で時間はそこそこかかるだろう。
その後、出汁を濾(こ)すと、醤油とみりんと砂糖で味を調え、つゆが完成した。そして間もなくうどんが茹で上がる。丼の中に熱々のうどんを入れ、用意していたわかめとかまぼこを乗せればお手製うどんの出来上がりだ。陽菜の素早く、手慣れた所作であっという間に昼食が完成した。
「旨そうだな。昼飯は牛丼でも食いに行こうかと思ってたから助かったぜ」
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