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それは陽菜が自らおひな様であることを選んでいるからなのだろう。ただ、おひな様をやめれば解決するというものでもない。それを彼女は身をもって知っていた。
「だから、ありがとう。これからもよろしくね」
「お、おう」
きらきらとした宝石のような笑みを向けられ、拓眞は曖昧に頷くことしかできなかった。
陽菜は臆病だ。よく言えば優等生、悪く言えば八方美人を演じている。自分が傷付かないために。だが、拓眞はもっと臆病だ。拓眞が今立っているのはガラスの床かもしれない。踏み出したらひびが入ってしまうような脆さの。そんな風に思っている。
(今が心地いい)
現状満足。
それがふたりの関係性。
けれども、その現状が今後大きく変わっていくのを拓眞はまだ知る由もなかった。
がしゃり。
陽菜が洗っていた食器をシンクの中に落とした。幸いにも食器は割れなかったが、ひびが入ってしまっていた。
「大丈夫か」
「うん……ごめんね」
「別にそれはいい。安物だし」
陽菜は不思議そうに自分の拳を握ったり開いたりしている。
「どっか痛むのか」
「ううん、何か調子出ないなって」
「そっか、ちょっと休んでろよ。後は俺がやっとくから」
「うん」
陽菜はそう言うと部屋の奥のベッドに腰掛けた。ひとり暮らしの部屋はそこまで大きくない。当然、ベッドルームなどないので、キッチンとリビングと同じ部屋にベッドを置くしかない。ソファなどという気の利いたものを置けるスペースなどないので、陽菜はベッドで寛ぐしかない。もう慣れたが、異性が自分のベッドにいる様は何とも言えないムズムズとした感覚になる。
洗い物が終わって様子を見れば、陽菜は静かに寝息を立てていた。
「まったく、防御力ゼロだな」
ベッドで仰向けになっている陽菜の顔を覗き込む。白い肌に長いまつ毛、布団の上で大きく広がった長い髪。とても綺麗だが、触れただけでも傷付いてしまいそうな繊細さもあった。陽菜が身動ぎすると、履いているスカートの裾が少しめくれ、白く細長い足がちらりと見えた。随分と細い足だ。少し心配になる。それと同時に少し気恥ずかしさも覚える。拓眞は布団を陽菜の上にかぶせる。
「んん……うどん……」
起きたかと思えば寝言だった。
「ったく、どんだけ食い意地張ってるんだよ」
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