プロローグ

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プロローグ

 空が突き抜けるように青くても、雨が降ることがある。  天気雨が降るのは、遠くから雨粒が風で運ばれてきたり、雨を降らせた雲がすぐに消えてしまったりすることが原因だ。晴れているのに雨が降るものだから街の人々は大慌てだ。急いで洗濯物を取り込んだり、どこかの軒先に雨宿りしたり、濡れるのを厭わずに目的地に向かって走ったり。雨の降り始めは、みんなが急いでいるからか、時の流れが速いように感じる。ただ、運よく折りたたみ傘を持っている人だけが、いつも通りの時間を過ごしているのだ。  あの日も、彼女は折りたたみ傘を持っていた。  折りたたみ傘を開いて、日光が照らす光のシャワーの中で彼女ははしゃいでいた。両手を広げ、長い髪をなびかせて、上気した頬で、彼女は笑っていた。彼女がキラキラとしたステージで踊るたびに、足元の水溜りが喝采するように跳ねる。それは、宝石のように綺麗で、いつでも思い出せる光景だった。 「きっと虹が出るよ」  傘を忘れ、ずぶ濡れになった拓眞(たくま)のことを彼女はおかしそうに笑っていた。天気雨ひとつでこんなにも美しく輝ける彼女に拓眞は見とれていた。  いつが始まりだったのか。明確な区切りは分からない。けれど、あの時、宝石のように彼女が輝いていた日、拓眞は自分が恋に落ちた音を聞いた音がした。
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